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カテゴリー別アーカイブ: 日記

トークンエコノミー【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

今日

利用者さんが貯めたトークンを使ってコンビニへ買い物に行った

別の方はトークンを貯めてチーズリッツを手に入れた

先週はまた別の方が、コツコツ貯めたトークンで電車の本を買った

 

コンビニ

チーズリッツ

電車の本

 

欲しいものはそれぞれ違う

だが共通しているのは

 

「これが欲しい」

「そのために取り組む」

「貯める」

「自分で手に入れる」

という流れ

 

トークンというと

「ご褒美を使って行動してもらう仕組み」

のように考える人も多いのだろう

 

だが私はもう少し違うものだと考えている

 

自分が取り組んだことが目に見える形で積み重なって

その先に自分の好きなものや、やりたいことがある

 

つまり

「頑張ったら、少し未来が変わる」

という経験をつくっている

 

そして

その未来を決めるのはできるだけ本人であってほしい

 

何を欲しいと思うのか

何を楽しみにするのか

何のためなら頑張れるのか

 

そういう一つひとつを知っていくことも

その人の「生きるをえがく」ことにつながっているはず

 

それにしてもみんなちゃんと貯めている

トークンを貯めて

好きなものを手に入れて

また次の楽しみに向かっている

 

私は何を貯めているんだ?

経験

成長

信用

人とのつながり

小さな成功

 

経営も人生も

トークン制みたいなものだ

 

何か貯めようかな

 

まずは徳あたりから

 

何と交換しようかしら

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

生きるをえ学の音声【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

今日「生きるをえ学」の研修動画を撮影した

約40分

疲れた笑

 

人前で話すことはそれなりにありますが

自分たちの理念について40分間

話し続けるのは思っていた以上にエネルギーを使った

 

撮影までに、何度もスライドを直して、言葉を変えて

「これは本当に伝えたいことなのか」と考えてきた

結果、よくわからん

伝えたいこともあるし表現がおかしくなったところもある

 

「生きるをえがく」は

きれいな言葉をつくりたくて生まれた理念ではない

 

我々は何のために支援をするのか

何のために会社をつくったのか

利用者さんの人生に、どんな価値を残したいのか

そこを突き詰めていった先にある言葉だ

 

本人の可能性を発見すること

その人なりの発達を支えること

 

そして

「できない」「仕方ない」とされてきたものを

実践によって少しずつ覆していくこと

 

その先に、人生の選択肢を増やしていきたい

 

40分話し終わったあと

達成感より先に出てきたのは

「あー、疲れた。」だ…

 

でも、それくらいでいい

理念ってさらっと語れる格好いい言葉ではなく

自分たちがこれから何をやるのかを約束する言葉でもある

だから話せば話すほど責任も感じる

 

「生きるをえがく」

今日40分かけてこの言葉を話してみて

改めて自分自身が一番試されているんだと感じた

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

社会福祉の起源【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

福祉の原点に、立ち返る

福祉の仕事の価値をもう一度確かめよう

 

「人の役に立つ仕事」という言葉だけでは

捉えきれないものがある

その意味を考えるため、私たちの仕事につながる

日本の知的障害福祉の歩みをたどってみた

 

その源流の一つが1891年に石井亮一が設立した「孤女学院」

後の滝乃川学園(社会福祉法人滝乃川学園)

震災で親を失った子どもたちの救済から始まり

その中にいた知的障害のある子どもへの教育へと取り組みを広げていった

 

1946年には糸賀一雄らが近江学園を創設する

糸賀が唱えたのは、「この子らに世の光を」ではなく

「この子らを世の光に」という思想

重い障害があってもその人の生命の展開を支える

人間の価値そのものを問い直す実践だ(いとがざいだん)

 

私はこの言葉を何かができるようになったから

その人に価値が生まれるのではない

ということとして受け止めたいと思う

 

できることを増やす支援は大切だ

だがそれが生きる価値の条件になってはいけないはず

 

戦後には1947年の児童福祉法

1960年の精神薄弱者福祉法〔現在の知的障害者福祉法〕など

社会として支える制度も整えられていった(内閣府ホームページ)

 

ただし、福祉は支援者の善意だけでつくられてきたものではない

青い芝の会をはじめ、障害のある本人たちが

自分たちの命や地域で暮らす権利を求めて声を上げてきた

 

自立を「何でも一人でできること」だけでなく

自分の生活を自分で選び

決めていくこととして捉え直す運動もあった(Dinf)

 

2014年に日本が批准した障害者権利条約にも

本人の尊厳、自ら選択する自由、社会への参加を尊重する原則が示されている(外務省)

 

この歩みから考える

私たちの仕事は

単に誰かのお世話をすることではない

 

意思を伝えられる方法を探す

嫌なことを、嫌だと表せるようにする

やってみたいことに出会える機会をつくる

 

本人が持っている権利を毎日の暮らしの中で実現していく仕事

 

だから支援する側が「良いことをした」と思うだけでは足りない

本人の思いや選択を置き去りにしていないか、問い続ける必要がある

 

糸賀は施設が子どもたちの「終着駅」であってはならず

むしろ「始発駅」であると記している。(滋賀県公式サイト)

 

障害が重いから

言葉で伝えることが難しいから

その理由で人生の行き先まで決まってしまってよいはずがない

 

Dareの「生きるをえがく」もこの問いとつながっている

その人の可能性を発見し

本人が望む暮らしの選択肢を共につくる

 

そして

それを職員の献身だけに頼らず

続けられる組織にする

 

それが私の責任だ

 

我々は人に価値を与える仕事をしているのではない

その人の価値が日々の暮らしの中で大切にされるように働いている

この仕事の誇りをそこに置きたい

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

感動の涙か情緒不安定か【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

今日はコアで支援会議

再度みなさんに観ていただきたいこの動画

コアの仲間たちが映っています

 

今日の支援会議

ある利用者さんの最近の変化について話していた

以前は難しかったことが、少しずつできるようになってきた

表情が変わった

行動が変わった

その人の過ごし方そのものが少しずつ変わってきた

 

そんな話をしていると、一人の職員が涙

https://youtube.com/shorts/FiUEg7mDVOU?si=dR_asO5M7JuNJ48r

この男だ

今日も利用者さんの前向きな変化に感動して涙していた

カメラの前だけじゃないんだよ

 

私はこの姿がすごく好きだ

 

福祉の仕事には専門性が必要だ

支援者と利用者との関係を忘れないようにと習う

 

行動を観察して

仮説を立てて

環境を整えて

支援を組み立てる

 

感情だけでは良い支援はできない

だがその一方で

その人の小さな変化を本気で喜べること

 

これも支援者にとって

めちゃくちゃ大切な力だ

 

我々が見るのは「できないこと」だけではない

昨日までなかった表情

これまで選ばなかった選択肢

初めて伝えてくれた意思

ほんの少し広がった活動

 

その小さな変化を発見して

「この人には、まだこんな可能性がある」と考える

 

Dareが大切にしている「発見」はこういうところから始まるはず

利用者さんの変化に涙できるくらいその人の人生を真剣に見ている職員がいる

経営者として、人として、こういう仲間たちと仕事ができることが嬉しい

 

そして私自身も

利用者さんの変化に心が動く感覚だけはずっと失いたくない

支援は人の人生に関わる仕事だから…

 

こんな職員がいることが会社の財産だ

 

 

しかし…

 

 

Aさんは、情緒不安定か!

と突っ込んでいた…(涙)

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

任すか投げるか【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

私はかなりの「やりたがり」なのですが…

新しいことを思いつけば、まずやってみたい

必要だと思えば、とりあえず形にしてみたい

よく言えば0-1が得意

 

一方で自分の癖

0→1をつくった後の

ルールを決める

運用を整える

誰がやっても同じようにできる形にする

振り返って改善する

このあたりが下手

 

「ここまで作ったから、あとはよろしく」

これを“権限移譲”と言えば聞こえはいい

だが、任せることと投げることは違う

 

アイデアを出す人は楽しい

最初の一歩を踏み出す瞬間には勢いもある

だが組織にとって本当に大切なのは

その取り組みが一過性で終わらず

誰かが継続できる状態になることだ

 

0→1だけで終わってはいけないだろう

 

何のためにやるのか

どこまでをルールにするのか

誰が責任を持つのか

どう振り返るのか

その“骨組み”は作らないといけないだろう

 

もちろん私が全部を整備する必要はない

それでは組織は育たない

これから目指したいのは

「自分で始めて、自分で完成させる」でもなく

「始めるだけ始めて、あとは任せる」でもない

 

0→1をつくり、1→10に育てられる人へ、きちんとバトンを渡すこと

新しいことを始めたがる性格は、たぶんこれからも変わらない

 

だからこそ

「始める責任」だけではなく

「続く形にする責任」まで考えたい

 

勢いだけでは進めない

自分が走ることから

みんなが走れる道をつくることへ

変化が必要だ

 

次の人大変だ…

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

ルール紹介【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

ある利用者さんの支援について

現場で使う「ルールの取扱説明書」を作った

ウォーキング、車内、トイレ、屋内

それぞれの場面で

本人に分かりやすくルールを提示する

 

作成しながら改めて考えたのは

ルールはできなかった時に

指摘するためのものではない

ということだ

 

「走らない」

ではなく

「歩きましょう」

 

「触らない」

ではなく

「手は自分のところに置きましょう」

 

問題が起きてから注意するのではなく

活動の前にルールを確認し

職員が先に「どうすればいいか」を示す

 

そして活動中は

できていないことを探すのではなく

できた瞬間を見る

 

歩けた

距離を取れた

相談できた

一度崩れても自分で戻れた

 

その行動をその場で短く伝える

これが今回、職員みんなで揃えたい支援だ

 

活動後も反省会にはしない

ルールを見ながら「今日はここができたね」と振り返る

 

うまくいかなかったことは

キーパーソンとの時間の中で

「次はどうしようか」を一緒に考える

 

私は支援における「主導権」とは

利用者をコントロールすることではないと考える

 

支援者が先に環境をつくること

先に分かりやすく伝えること

そして、できる瞬間をつくること

 

後手に回って注意を繰り返すより

本人が成功できる流れをこちらから設計する

 

指摘ではなく、提示

後手ではなく、先手

 

こういう小さな支援の統一が

本人にとって

「ここなら分かる」「ここなら安心できる」

という感覚につながっていく

 

ルールを増やしたいわけではない

ルールがあることで

その人がもっと自由に安心して過ごせる

そんな支援をつくっていくのだ

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

本人中心支援【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

「本人中心支援」という言葉を

福祉の世界では当たり前のように使う

 

自身も使ってきた

 

そしてこの言葉を

もっと厳密に捉えたいと考えた

 

本人の希望を聞いた

本人に活動を選んでもらった

本人の意思を尊重した

それだけで、本当に本人中心なのか

 

2026年9月厚生労働省の意思決定支援ガイドラインが改訂された

 

意思は、経験し、迷い、考え、時には変更しながら形成されていく

だから今回は本人中心支援を5つの視点で考えてみたい

 

選択肢があるか

拒否できるか

参加できているか

経験できているか

誰が決定権を持っているか

 

中でも重要だと思うのが「経験」

経験したことのないものを人は選べない

カレーしか食べたことがない人に

「好きな食べ物を選んでください」と聞いてカレーと答えた

 

それを「本人の意思」とだけ捉えていいのか

もしかすると寿司を食べたら寿司が好きになるかもしれない

電車に乗ったことがなければ

電車が好きだという自分にもまだ出会っていないかもしれない

 

支援者の仕事は、本人の中に既にある答えを探すことだけではない

まだ本人自身も知らない選択肢と出会える環境をつくることでもある

 

これは強度行動障害の支援でも同じだ

行動が減った

座れるようになった

指示が通るようになった

それはもちろん大切だ

 

だがそれだけを支援成果にしたくない

「好き」が増えたか

「嫌」が伝わるようになったか

自分から始めることが増えたか

昨日まで知らなかった経験に出会えたか

 

そしてもう一つ

我々支援者は想像以上に大きな権力を持っている

 

何時に出掛けるか

どこへ行くか

何を食べるか

誰と過ごすか

危ないからやめるのか

今日は人手がないからやらないのか

利用者の生活のかなりの部分を我々が決めることができてしまう

 

だから本人中心支援とは

本人に優しくする話ではないと考える

支援者が持っている「決める力」を自覚すること

そしてその力を少しずつ本人へ返していくこと

 

「生きるをえがく」も同様

我々がその人の人生をえがくのではない

 

まだ知らない「好き」を発見する

できることを広げる

「この人には無理だ」という前提を反証する

 

そうやって本人自身が

「自分の人生には、まだ選べるものがある」

と思える状態をつくっていく

 

本人中心支援とは、支援方法ではなく

本人と支援者の間にある権力の構造まで問い直す実践なのだろう

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

ロマンとそろばん【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

今日は会社の数字を細かく見た

売上、利益、人件費率、利用率、生産性

 

福祉の仕事をしていると数字を語ることが

「支援とは違う話」のように扱われるがむしろ逆だと考える

 

経営とは限られた人・時間・資金をどこに配分すれば

理念の実現確率を高められるのかを考え続ける行為だ

 

その意思決定の精度を上げるものの一つがデータだ

感覚は大切

経験も大切

ただ、経験だけでは思い込みに気づけないことがある

 

だから

仮説を立てる

実行する

数字を見る

現場を見る

そして仮説を更新する

経営も支援も本質的にはこの繰り返しなのだろう

 

もちろん数字で人の価値を測りたいわけではない

数字で見たいのは人ではなく「自分たちの意思決定」だ

 

この配置は適切だったのか

この投資は支援の質につながっているのか

この組織構造で人は育つのか

この収益構造で10年後も支援を続けられるのか

 

理念だけでは組織は持続しない

利益だけでは組織の存在理由を失う

私の認識として利益とは目的そのものではなく

理念を継続して実装するための条件だ

 

「生きるをえがく」を本当に多くの人へ届けたい

本人の可能性を発見し、発達を支え、人生の選択肢を増やしていく

そのためには、良い支援をつくるだけでは足りない

 

良い支援が再現され

組織として蓄積され

人が育ち

そして事業として持続する構造までつくらなければならない

 

理念を語るなら、理念が続く仕組みまでつくる

やるしかない

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

かぞくもいきるをえがく【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

1歳の息子が

保育園の階段から落ちて後頭部を打った

保育士さんたちは迅速な対応をしてくれていた

 

病院で保育士さんから引き継ぎ自宅へ

息子は帰るとすぐに眠った

幸い今のところ嘔吐などはなく、落ち着いている

 

こういう時、まだ自分の状態を

言葉で伝えられないことが親としては不安になる

 

痛いのか、しんどいのか

今どんな気持ちなのか

いつも以上に、小さな様子が気になる

 

元気に過ごして家に帰ってくる

普段は当たり前のように思っていることが

どれほど大切なのかを感じた

 

そして我々の仕事にも思いが重なる

生活介護に通う利用者さんにもその帰りを待つご家族がいる

「今日も元気に帰ってきてほしい」という願いが一人ひとりの向こうにある

 

日々の様子を伝えることも

何か起きた時に状況を丁寧に説明することも

その願いに応えるための大切な仕事だ

 

できることが増える

好きなことが見つかる

人生の選択肢が広がる

 

私たちが大切にしている「生きるをえがく」は

毎日の安心を支えることともつながっている

 

息子の様子を見守りながら日常を大切にしたい

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

やぼうはおもいから【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

今日の予定

10:30~中心会議

13:45~中心会議

16:15~中心会議

17:30~職員会議(私は18:30~)

 

中心会議でソーシャルワーク

中心会議でソーシャルワーク

中心会議でソーシャルワーク

職員会議でソーシャルワーク

 

福祉サービスが理由で生活が進まないなら

我々が担えばいいのではないか?と発想する

と言うのは置いておいて…

 

 

 

10月から権限移譲を進めることにした

大きな一歩だ

 

誰が何を決めるのかが変わる

組織の中で

それぞれが自分の判断で動く機会が増えるということ

 

現場で気づいたことをどう支援につなげるか

職員の力をどう引き出していくか

任された人が考え、決め、その結果からまた学ぶ

その積み重ねがDareの力になっていく

 

だからこそ任せる側にも準備が必要

どこまで判断できるのか

何を大切にして判断するのか

迷ったときにはどこで相談できるのか

そうした土台を整えることも必要だ

 

「生きるをえがく」

利用者さんの可能性を見つけ人生の選択肢を共につくっていく

その理念を日々の支援で形にするには

職員自身にも考えて実践する機会が必要だと考える

 

私とは違う視点から見えてくる可能性もあるはず

その可能性を育てられる組織にしていきたい

 

任せた先でも責任は続く

判断を支え、必要な環境を整え、結果を一緒に振り返る

 

10月から私自身も役割を変える

この一歩を次の成長につなげたい

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを