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リッチボディからの自己受容【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

まさか「リッチボディ」が

自己肯定感の話になるとは思わなかった

 

昨日「リッチボディ」というブログを書いた

“ぽっちゃり”をちょっと前向きに

ちょっと面白く言い換えただけの記事だった

 

完全にネタブログなのだが

今日、朝から職員さんがメッセージをくれた

 

「おはようございます。

リッチボディのブログ、今読んで笑えました。

私も毎日、美しい敗北を喫しています。

朝から元気になりました。

しょうもない連絡ですみません!」

 

 

いや、“しょうもなく”ない

むしろめちゃくちゃ嬉しい

 

さらに続けて

「理想の自分像は持ちつつも

ありのままの自分を愛せる余裕と幸福感も

出せる自分でいたいと思いました。」

 

 

…素晴らしすぎる

まさか“リッチボディ”から

こんな深い言葉が返ってくるとは思わなかった

 

でも確かに

人ってずっと

「もっとちゃんとしなきゃ」と思いながら生きている

 

痩せなきゃ

仕事できるようにならなきゃ

もっと優しくならなきゃ

もっと理想に近づかなきゃ

 

もちろん向上心は大事だ

でもその一方で

「今の自分を嫌い続ける人生」

って、結構しんどい

 

だから

理想は追う

でも、今の自分もちゃんと笑う

 

そのバランスが

人生には必要なのだろう

 

そしてその境地にいる人は

たぶん少し“リッチ”だ

心にも余白がある

 

だから今日も

理想を追いながら

アイスクリームを食べようと思う

美しい敗北を重ねながら

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

リッチボディ【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

最近お腹が出てきたので

AIに言い訳を考えてもらい

前向きになれたので共有したい

 

 

「リッチボディ」という革命

〜“ぽっちゃり”を卒業して豊かさを語る〜

「ぽっちゃり」という言葉には

どこか“言い訳感”がある

でも実際は違う

 

あの柔らかさ

あの安心感

「一緒にラーメン大盛り行けそう」な包容力

 

それはもう“豊かさ”だ

だから私は提案したい

これからは「ぽっちゃり」ではなく

“リッチボディ”だ

 

 

リッチボディとは何か

リッチボディとは

単に体に厚みがある状態ではない

 

人生経験、食文化、幸福、余裕

そういうものが肉体にまで染み出した存在である

 

カロリーは人生の年輪だ

深夜の唐揚げ

締めのラーメン

旅行先で「せっかくだし」と頼んだご当地スイーツ

 

そのすべてが積み重なって

人はリッチボディになる

 

 

ガリガリには出せない安心

細身の人にはスタイリッシュさがある

しかしリッチボディには“信頼”がある

たとえば冬

隣に座った時の安心感が違う

 

ソファに沈み込む感じ

「この人、絶対いい人だろうな」という先入観

鍋を囲んだ時の説得力

リッチボディは、空気清浄機みたいなものだ

場をまろやかにする

 

 

「痩せたい」は本音 「食べたい」は真実

もちろん、本人だって一度は思う

「痩せようかな」と

だがその直後に

期間限定の濃厚チーズバーガーが発売される

 

これはもう運命だ

リッチボディの人間は

常に“理性”と“炭水化物”の間で戦っている

 

そして大体、炭水化物が勝つ

美しい敗北である

 

 

最後に

リッチボディとは敗北ではない

美しい敗北なのだ

むしろ人生をちゃんと楽しんできた証拠だ

 

我慢だけで作られた身体より

幸福でできた身体のほうが、ちょっと人間らしい

 

だから今日も胸を張ろう

いや、胸だけじゃない

腹も張っていこう

 

 

…なんの話し?

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

ASD 家族 支援【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

受講研修の共有です。

 

ASDの家族支援で本当に大切なこと

―「家族を理解する」という視点から考える支援のあり方―

ASD(自閉スペクトラム症)の支援では

子ども本人への療育や支援方法に注目が集まりがちです

しかし「本人理解のためには、まず家族を理解することが重要である」

という視点が大切にされています

 

近年は療育機関や支援制度が増え

支援体制も整いつつあります

それでも現場では「保護者支援の難しさ」

が課題として挙げられています

その背景には

“親だけが取り残されている”

状況があるのではないかと問題提起されています

 

 

診断によって家族の人生は大きく変わる

ASDの診断は子ども本人だけでなく

家族全体の生活や価値観に大きな影響を与えます

・日々の生活

・将来への期待

・家族関係

・子どもへの見方

・自分自身の人生観

こうしたものが大きく変化していきます

 

 

家族はさまざまな感情の中にいる

家族は診断後

・ショック

・否定

・怒り

・悲しみ

・絶望

・受容

・エンパワメント

といった感情を行き来します

 

重要なのは「何があったか」だけではなく

その時に家族が“どう感じていたか”

を丁寧に聴くことだと資料は述べています

 

 

家族が抱えるストレスとは

ASD児を育てる家族には多くのストレス要因があります

例えば

・診断への混乱

・将来への不安

・「できない」のか「やりたくない」のか分からない葛藤

・公共の場での行動への周囲の視線

・インターネット上の不確かな情報

・専門家との関係

などが挙げられています

 

さらに

・睡眠不足

・慢性的疲労

・リラックスする時間の不足

・累積するストレス

といった身体的・精神的負担も大きいことが指摘されています

 

 

「支援する側」にもバイアスがある

専門家側の課題

支援者も

・過去の家族対応経験

・家族への先入観

・システム上の制約

・リソース不足

などを無意識に持ち込み関係性に影響を与えてしまう可能性があります

そのため家族支援では「家族を変える」のではなく

まず“聴く姿勢”が必要だとされています

 

 

良い協働関係をつくるために必要なこと

「協働(Collaboration)」を

“対等なパートナー同士が共通の目標に向かって意思決定を共有すること”

と定義しています

 

そのために大切なのは

1.傾聴すること

・決めつけない

・判断しない

・相手の背景を理解する

 

2.オープンな質問を使うこと

例:

・「その時どう感じましたか?」

・「何が起きていましたか?」

・「どうすれば役に立てますか?」

 

3.コミュニケーションの姿勢

・話を遮らない

・うなずく

・表情で安心感を示す

・相手のペースに合わせる

といった基本的な対話姿勢も重視されています

 

 

「家族を理解すること」が本人理解につながる

資料の最後では

・家族に寄り添うこと

・家族と一緒に考えること

・家族の“良き理解者”になること

こそが本人支援の土台になるとまとめられています

 

 

ASD支援において重要なのは

専門家が一方的に教えることではなく

「家族と共に歩む姿勢」なのかもしれません

 

――――――――――――――――――――――――

重要なのは「何があったか」だけではなく

その時に家族が“どう感じていたか”

ここが沁みる

 

つい最近きょうだい児が集まるキャンプについて

参加しませんかと声掛けがあったのだが

本当に参加しようかしら…

 

私の妹には障害があるのだが

その妹の親(つまり私の親)について

あまり理解しようとしていなかった

 

後悔も反省もしない

私の姿を見て何かを感じておくれ

 

私は私に関わる人たちと

生きるをえがきます

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

欠けてて足りない【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

ある記事を読んだ

 

 

障害のある人を支える仕事に必要な「心構え」とは

~専門性だけではない、支援者として大切にしたい視点~

障害のある人を支える仕事には

専門知識や技術だけでなく

「その人らしさ」を尊重する姿勢が求められます

 

「支援者としての心構え」をテーマに

支援の現場で大切にしたい価値観や倫理について考えてみます

 

 

「支援者の仕事」とは何だろう?

皆さんは、自分の仕事を家族や友人にどのように説明していますか?

障害福祉の仕事は、介助・介護、相談支援

就労支援、発達支援などさまざまな表現ができます

しかし、それだけでは支援の本質を十分に表しているとは言えません

 

支援者の仕事とは、単に「援助すること」ではなく

障害のある人の人生に寄り添い、共に歩むことではないでしょうか

 

だからこそ支援者には知識や技術だけではなく

「どのような姿勢で人と向き合うのか」という心構えが必要になります

 

 

そもそも「心構え」とは?

辞書では「心構え」とは

・普段からの心の持ち方

・物事に向き合うための準備

と説明されています

 

支援の現場で考えるなら

「支援の中で、自分は何を大切にするのか」

を明確にすることとも言えるでしょう

 

 

支援で大切にしたい「価値」

支援の現場では

・利用者本人の意思

・生活の質(QOL)

・権利擁護

・自己決定

・安心・安全

など、多くの価値が関わっています

 

例えばある支援チームでは

「本人の意思に基づく支援」を重視しているかもしれません

その場合、利用者本人が選択し決定できるように支援することが重要になります

つまり「何を良い支援と考えるのか」は

支援者が持つ価値観によって大きく変わるのです

 

 

倫理がなぜ重要なのか

価値観は大切ですが、人によって考え方は異なります

そのため支援の現場では

「何を基準に行動するのか」を示す“倫理”が必要になります

 

倫理とは

支援を方向づける基準や原則

のこと

 

多くの福祉団体や施設では、倫理綱領や行動規範が定められています

そこには例えば

・利用者の尊厳を守る

・差別や虐待をしない

・自己決定を尊重する

・専門職として学び続ける

といった内容が掲げられています

これらは単なる理想論ではなく、日々の支援を支える“土台”なのです

 

 

支援者に求められる基本姿勢

支援者として大切にしたい姿勢には、次のようなものがあります

1.利用者の尊厳を守る

一人の人間として尊重し、その人らしい生き方を支えること

2.自己決定を尊重する

「支援する側が決める」のではなく、本人が選び、決められるよう支援すること

3.安心・安全な生活を支える

利用者が安心して生活できる環境づくりを行うこと

4.専門職として学び続ける

知識や技術だけでなく、自分自身の支援のあり方を振り返り続けること

5.チームで支える

一人で抱え込まず、多職種や家族、地域と連携すること

 

 

「対等」でありながら、「支援する側」でもある

支援者と利用者は人として対等です

しかし一方で、支援者は制度や情報を持ち、支援する立場でもあります

そのため、知らないうちに「支援者側の価値観」を押し付けてしまう危険性があります

だからこそ

・本人の意思を丁寧に確認する

・支援者都合で決めない

・相手の声に耳を傾ける

という姿勢が重要になります

 

 

支援に必要なのは「知識+心構え」

福祉の仕事では、知識や技術はもちろん大切です

しかし、それだけでは十分ではありません

どれだけ専門性が高くても

・相手を尊重できているか

・本人の人生に寄り添えているか

・「その人らしさ」を大切にできているか

という視点が欠けてしまえば、本当の支援にはつながりません

 

支援とは、人の人生に深く関わる仕事です

だからこそ専門性と同じくらい

「どんな心で向き合うか」が大切なのだと思います

 

 

まとめ

障害のある人を支える仕事では

・尊厳を守ること

・自己決定を尊重すること

・倫理に基づいて行動すること

・学び続けること

が大切です

 

支援は「してあげる」ものではなく

その人の人生に寄り添い、共に歩むこと

改めてそんな視点を大切にしたいですね

 

 

良い記事だよな~

生きるをえがくだよい

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

生きるをえがく 日頃の行ない【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

 

起業して少し経った頃から

こんな相談を受けるようになった

 

「自分も起業する」

実際に何人かから相談を受けた

 

ただ、不思議なことに

その後「起業しました!」

という報告は今のところまだない

 

経営者に必要なものって何だろう

行動力

営業力

決断力

継続力

胆力

コミュニケーション能力

挙げ始めたら、きりがない

 

その中で

私が一番大事だと思っているのは「自責思考」だ

 

何が起きても自分の責任

うまくいかなくてもまず自分に原因を探す

誰かのせいにしない

最終的には「自分が何とかする」という覚悟

 

もちろん全部を自分一人でやるという意味ではない

組織化もするし、標準化も進める

人にも任せる

 

でも根っこの部分

「これは自分の責任だ」

という心づもり

 

これを持てるかどうか

ここにとてつもない違いがある

 

起業相談の中で

個人的に一番引っかかった言葉

「家族に言ったら何て言われるか…」

 

正直に言う

“いちばん身近な家族すら納得させられない人が

お客さんや従業員を納得させられるのか?”

 

家族って、誰よりも近くで自分を見ている

その場だけ頑張っている姿じゃなく

普段の姿勢を見ている

 

どれだけその事業に本気なのか

どれだけ真摯に向き合っているのか

どれだけ継続しているのか

全部、見られている

 

そんな中で

人のせいばかりにしていないか

言い訳ばかりしていないか

やる理由より、やれない理由を探していないか

口だけで、行動できていないことはないか

そんなことを考える

 

 

…とか偉そうにブログを書いていたら

呆れた顔をしている妻が想像できたのでこの辺で終わる…

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

生きるをえがく 子育て【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

 

昨夜

妻と長男と話していたのだが

妻と二人で食事に行ったことを話題にした

 

 

すると長男は驚いた表情を見せたあと

「ずるい」

「自分は行けていない」

「ママから生まれたのにおかしい」

と涙を流しながら怒りをあらわにした

 

 

私は「パパとママが二人で出かけることもある」と伝えたが

長男は「行くなら朝から言っておいてほしい」と気持ちを口にした

 

 

その言葉を聞いた時

ただ拗ねているわけではないのだと感じた

 

 

「自分も大切な家族の一員でいたい」

という気持ちや

「知らないところで特別な時間が流れていたこと」

への寂しさがあったのだろうと想像する

 

 

親としては当たり前だと思っていたことでも

子どもにとっては世界の見え方が全く違う

自分が知らないうちに

大好きな?パパと大好きなママだけの時間があったことが

想像以上に悲しかったのかもしれない

 

 

その感情を涙を流して真っ直ぐ伝えてくれたこと

少し胸を打たれた

 

子どもはまだ小さいが

ちゃんと家族の関係性を感じ取り

自分の居場所を確かめながら生きているのだろう

 

 

私自身もその率直な感情に触れ

不思議で複雑な気持ちになった

家族の中での安心感や特別感について

改めて考えさせられる出来事だった

 

 

次から二人で出かける時は

事前に伝えるよう確認した

 

小さな出来事だが

家族それぞれの

「大事にされたい」

という気持ちが見えた夜だった

 

 

…で、すぐ寝てたzzz

 

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

⑳自閉症と遺伝【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

「自閉症と遺伝」最新研究から見えてきたこと

~原因探しから“理解”へ~

近年、自閉スペクトラム症(ASD)に関する医学研究は大きく進展しています

特に遺伝子研究の発展によって「ASDはなぜ起こるのか」という問いに対し

少しずつ科学的な理解が深まってきました

一方で、研究が進めば進むほど

「単純な原因では説明できない」という事実も見えてきています

 

 

ASDは“ひとつの原因”で起こるわけではない

資料では、ASDは単一の原因によるものではなく

・遺伝的要因

・子宮内環境を含む環境要因

・脳の神経ネットワークの発達

などが複雑に関係していると説明されています

 

つまり「この遺伝子があるからASDになる」という単純な話ではありません

多くの場合、複数の遺伝子の組み合わせや環境との相互作用によって

脳の発達に一定の特徴が現れると考えられています

 

 

「遺伝」といっても単純ではない

血液型のような“単一遺伝子”の例と比較しながら

ASDは「多因子遺伝」に近い特徴を持つことが紹介されています

 

多因子遺伝とは、

・多数の遺伝子が少しずつ影響し合う

・「正常/異常」の二択ではなく連続的な特徴になる

・環境の影響も受ける

というものです

 

これは身長や体格に近い考え方で

ASDの特性にも「連続性」があることを示唆しています

 

 

双子研究からわかること

ASD研究では一卵性双生児と二卵性双生児の比較が重要な手がかりになっています。

・一卵性双生児:ASD一致率 50〜80%

・二卵性双生児:20〜40%

・一般のきょうだい:10〜20%

という研究結果が紹介されています

 

この結果は、

・遺伝的要因は非常に大きい

・しかし遺伝だけでは決まらない

・子宮内環境なども重要

ということを示しています

 

つまりASDは

「生まれつきか、環境か」という二択ではなく

その両方が関わる発達特性として理解されつつあります

 

 

ASDに関係する遺伝子は“非常に多い”

現在の研究ではASDに関係する遺伝子は膨大な数にのぼることが分かっています

しかも興味深いのは

・人によって変化している遺伝子はバラバラ

・しかし機能的には共通点がある

という点です

 

特に多くの遺伝子は、

・神経細胞

・シナプス(神経同士の情報伝達)

に関係しているとされています

つまり、「原因遺伝子」は人によって違っても

最終的には脳の神経ネットワークに共通する変化が起きている

その可能性が高いというわけです

 

 

ASDの脳では何が起きているのか

脳研究では、ASDの人に共通する特徴も見つかっています

資料によれば

・シナプス機能に関係する遺伝子の働きが低下

・免疫や炎症に関する遺伝子の働きが増加

している傾向があると報告されています

 

また前頭葉と側頭葉の「役割分担」が

定型発達よりも弱い可能性も示されています

ただし重要なのはこれらは「原因」そのものではなく

ASDに共通して見られる脳の特徴かもしれない、という点です

 

 

まだ分かっていないことも多い

研究は進んでいますが「まだ見えていないこと」の多さも強調されています

現時点では

・遺伝子検査だけでASD診断はできない

・同じ遺伝子変化でもASDになるとは限らない

・個人差が生じる仕組みはほとんど未解明

・環境要因もまだ不明な点が多い

とされています

 

つまり医学研究だけで「その人」を理解できる段階にはまだ至っていません

 

 

「障害」をどう捉えるか

障害を捉える3つのモデルが紹介されています

1.医学モデル

障害を「個人の機能の問題」と考える立場

 

2.社会モデル

障害を「社会との相互作用」で生じるものと考える立場

 

3.文化モデル

違いを“欠陥”ではなく、一つの文化・個性として尊重する立場

 

特に文化モデルでは、

「その人のままでも価値がある」

という考え方が重視されています

 

 

医学研究とどう向き合うか

資料の最後では

医学研究を「人を分類するため」ではなく

「理解を深めるため」に使う重要性が語られています

 

ASD研究の進展によって

・なぜASDという視点が有効なのか

・なぜ共通した特徴が現れるのか

という科学的背景が少しずつ見えてきました

 

しかし同時に

・人の個性は非常に多様

・同じASDでも全く違う

・医学だけでは人間理解はできない

ということも明らかになっています。

 

 

まとめ

最新の研究から見えてきたのは

・ASDには強い遺伝的要因がある

・しかし単一の遺伝子では説明できない

・環境要因も関わる

・脳の神経ネットワークには共通する特徴がある

・それでも個人差は非常に大きい

ということです

 

そして何より重要なのは

「医学研究は、人を“決めつける”ためではなく、“理解する”ためにある」

という視点なのかもしれません

 

 

知識や技術を磨くのも大切

しかし

学び、理解しようとするその姿勢

それこそが最も大切なことなのだろう

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

生きるをえがく 理想と現実跨る【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

 

支援の現場では「知っていること」と

「実際にやってみること」の間に大きな違いがある

 

ある職員さんから

とても印象に残るエピソードを聞いた

 

利用者さんが強い不安から

感情的になり

涙を流される場面があった

 

その際、その職員さんは以前先輩職員が

別の利用者さんへ対応されていた姿を思い出したとのこと

 

「まずは落ち着くまで見守る」

「無理に声をかけ続けず、安心できる距離感を保つ」

「落ち着いたタイミングで、ゆっくり話を聞く」

当時見て学んでいた関わりを実際の場面で“やってみた”そう

 

対応中は「これで良いのだろうか」という不安もあっただろう

しかし利用者さんは徐々に落ち着かれ

その後は穏やかに過ごされたとのことだ

 

支援には正解がひとつではない

しかしながら先輩の実践から学び

それを自分でもやってみること

これがとても大切なのだと感じた

 

「まずやってみる」

簡単なようでとても勇気のいることだ

 

だがその積み重ねが支援の幅を広げ

次の支援へと繋がっていく

 

今回のエピソードは

実践することの大切さを

改めて感じさせてくれるものだった

 

 

知っていること

できること

やっていること

 

似ているようで

大きな違いがある

 

我々は”やっている”

実践集団なのだ

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

生きるをえがく 夜ほどもがく【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

 

土曜日

息子の参観へ行った

 

以前は恥ずかしそうにしていたのに

この日はしっかり手を上げて発言していた

 

「あぁ、成長してるな」

とか普通の感想を持った

 

 

教室を見渡していたら

目に入るものがある

 

授業の時間割

給食当番の表

帰りの準備を示す写真

 

そこには当たり前のように

視覚支援があり、構造化があった

 

次に何をするのか

どこに何があるのか

どう動けばいいのか

 

子どもたちが安心して過ごせるように

見える形で環境が整えられている

 

しかしながら

これは学校だけの話じゃない

 

 

社会の中にも

同じような支援は溢れている

 

電車の時刻表

駐車場の枠組み

飲食店の順番待ちの立ち位置

 

我々のその日の体制

手帳なんかもそうだ

 

私たちは普段それを

「支援」として意識していないだけで

実はたくさん助けられながら生活している

 

支援は特別なものじゃない

誰かだけのためにあるものでもない

みんなが分かりやすく

安心して過ごすためにあるもの

 

やはり

この物語は続いていくのだ

 

 

それにしても息子の教室から

自宅のWi-Fiがつながったの笑った

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを

生きるをえがく 朽ちるまで足掻く【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

強度行動障害支援の現場 最近の出来事

強度行動障害の支援に関わる中で思う

支援は“想い”だけでは伝わらない

最後は本人の生活の変化という「結果」で示すしかない

 

専門性のない職員は

「それは甘やかしでは?」

「もっと厳しく言わないと」

「止めなければ危ない」

そんなことを言うだろう

 

特に自傷や他害があると

職員は怖さを感じる

怖さがあるのは当然だ

 

人は怖いと止めたくなる

管理したくなる

指示が増える

 

でもその緊張は本人にも伝わる

だから私はまず

行動を否定しないところから始める

 

 

行動には理由がある

強い行動は

本人にとって必要だった行動だ

 

・苦痛から逃げる

・混乱を整理する

・不安を伝える

・感覚を調整する

・自分を守る

本人なりの意味がある

 

「なぜやるのか」

を見ないまま

行動だけ止めようとすると

支援は苦しくなる

 

重要なのは原因分析

・どんな場面で起きるのか

・何が負担だったのか

・感覚刺激はどうか

・見通しはあったか

・人との距離感はどうか

・伝えたいことは何か

そこを丁寧に見る

 

 

本人が受け入れられる形へ変えていく

支援は「こちらに合わせてもらう」ことではない

本人が受け入れられる形を探すこと

 

例えば

・言葉を減らす

・手順を視覚化する

・待つ時間を変える

・活動を調整する

・刺激を減らす

・選択肢や楽しみを用意する

小さな工夫を積み重ねる

 

その結果

・崩れる回数が減る

・回復が早くなる

・表情が柔らかくなる

・自分から動けるようになる

そういう変化が出てくる

 

 

支援者支援も必要

強度行動障害支援では

本人支援だけでは足りない

職員支援が必要だ

怖さを感じた職員が

「これなら対応できるかもしれない」

と思えることが大切

 

だから私は

理論で説得するより

結果で示したいと思う

 

・この関わりなら落ち着く

・この環境なら安定する

・この声かけなら通じる

それを積み重ねる

 

すると職員の表情が変わる

余裕が生まれる

余裕が生まれると本人も安心する

支援は循環している

 

 

「問題行動をなくす」が目的ではない

私たちが目指すのは

ただ静かにさせることではない

本人が安心して暮らせること

生きるをえがいていくことだ

 

そして支援者も

必要以上に傷つかず

追い詰められず

「関われる」と思えること

 

その両方があって

初めて支援は続いていく

 

強度行動障害支援は

特別な技術ではなく

「この人はなぜ困っているのか」

を諦めずに考え続けることだ

この物語は永遠に続く

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを