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生きるをえがく
長尾です
YouTube番組の撮影が行われました!
昨日、コアにてYouTube番組の撮影が行われた
今回の撮影は
・職員の仕事紹介
・事業所の紹介
・日々の活動の様子 など
普段の私たちの取り組みや雰囲気が伝わる内容を撮影していただいた
カメラが入ることで少し緊張する場面もあったが
職員や利用者の皆さんの自然な様子
事業所の魅力がしっかりと伝わる
素敵な映像になっているはずだ
今回の撮影を通して、私たちが
日々どのような想いで支援に取り組んでいるのか
どのような仕事をしているのか
そして事業所の温かい雰囲気や魅力を
多くの方に知っていただければと思う
福祉の仕事に興味のある方や地域の皆さまにも
私たちの活動をより身近に感じていただける機会になれば嬉しい
公開日などの詳細は改めてお知らせ予定だが
どのような仕上がりになるのか、今からとても楽しみだ
公開を楽しみにしていて欲しい
をわり
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
「名前は?」の一言に感じた成長
1月の終わりから利用を始められた利用者さんがいる
体調や気分の波もあり、状態が安定しない日もある
それでも少しずつ活動に参加できる日が増え
参加できる時間も長くなってきた
無理をせず、その方のペースで一歩ずつ
そんな日々を積み重ねてきた中で
数日前にこんな出来事があった
利用者さんが私の方を見て
「名前は?」
と聞いてくれたのだ
これまで何度も顔を合わせ関わってきたが
その言葉を聞いた時、胸に来るものがあった
名前を知りたいと思ってもらえたこと
それは単なる質問ではなく
周りの人や環境に少しずつ関心が向き始めているサインなのかもしれない
もちろん、何気ない一言だったのかもしれない
それでも、これまでの歩みを見てきた私にとっては、とても大切な一言だった
支援の中では、大きな変化ばかりが成長ではない
活動に参加できた時間が少し長くなったこと
挨拶ができたこと
誰かに話しかけてみたこと
そして「名前は?」と聞いてくれたこと
そんな小さな変化の積み重ねが
その方らしい成長につながっているのだと改めて感じた
これからも焦らず、一歩ずつ
その方のペースを大切にしながら、一緒に歩んでいこうではないか
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
ペースが乱された日
障害福祉の仕事をしていると
日々さまざまな出来事が起こる
利用者同士のトラブル
人間関係の調整
突然のパニックや他害行為
もちろん支援員として冷静に対応するが
その都度少なからず自分のペースは乱される
今日もそんな一日だった
ただ、今日は珍しいかたちだった
ある女性利用者さんから
突然後ろからハグをされたのだ
もちろん悪意があったわけではない
その方なりの親しみや安心感の表現だったのかもしれない
頭ではそう理解できる
しかし、突然の出来事に驚き、一瞬思考が止まった
福祉の現場では
利用者のトラブルや人間関係の調整など
どちらかというと緊張感のある場面でペースを乱されることが少なくない
だからこそ、今日の出来事は少し違った
もちろん支援者として適切な距離感は大切にしなければならない
それでも、そのハグにはその方なりの安心感や信頼
親しみの気持ちが込められていたのだと思う
そう考えると、驚きのあとに少し嬉しい気持ちが湧いてきた
日々の支援は、目に見える成果ばかりではない
毎日の挨拶や声かけ、何気ない会話の積み重ねが、少しずつ関係性をつくっていく
今日の出来事は、そんな積み重ねをふと実感させてくれる瞬間だった
ペースは確かに乱された
でも、それは嫌な意味ではなく
心が温かくなる方向への「ペースの乱れ」だった
利用者さんとの関わりの中には、大変なことも多い
それでも時折こうした予想外の出来事があるから、この仕事は面白いのだと思う
けどとても緊張した!
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
質問力を磨く
「仕事ができる人」と「仕事ができない人」
その違いは何だ?
知識量?
経験の長さ?
頭の良さ?
もちろんそれらも大切だが
実は大きな差を生み出すのは「質問力」だと言われている
質問力とは「聞く力」ではない
多くの人は質問力を
「わからないことを聞く力」だと思っている
だが本当の質問力とはそうではない
「自分が何をわかっていないのかを正確に把握する力」
これこそが質問力の本質
何がわからないのかが明確になっていれば質問は自然と鋭くなる
反面、自分の課題が曖昧なままでは、どれだけ質問しても本質にたどり着けない
質問力が高い人の特徴
質問力が高い人には共通点があるらしい
それは質問する前に必ず自分なりの仮説を持つこと
例えば
「〇〇が原因だと思うのですが、この認識で合っていますか?」
「AとBを試しましたが解決できませんでした。
次に確認すべきポイントは何でしょうか?」
というように、自分で考えた上で質問する
また、調べればわかることは自分で調べる
そして相手にしか聞けないことだけを質問するため
一つの質問で核心に迫ることができるのだ
質問力が低い人の特徴
一方で質問力が低い人は
「どうすればいいですか?」
と漠然と聞いてしまう
何が問題なのか
自分はどこまで理解しているのか
整理しないまま質問するため
返ってくる答えも曖昧になりがち
結果として
・聞いたのに理解が深まらない
・同じ質問を繰り返す
・応用が利かない
という状態に陥る
成長速度を決めるのは質問力
質問力が高い人は教わる前からすでに半分は答えに近づいている
自分で考え、仮説を立て、その上で不足している部分だけを補うからだ
一方、質問力が低い人は答えを受け取ることが目的になる
そのため、目の前の問題は解決できても
次に似た問題が出てきたときに応用が利かない
この小さな差が積み重なることで
数か月後、数年後には大きな成長の差となって現れる
質問力を高める3つの習慣
質問力は特別な才能ではない
日々の意識で誰でも鍛えることができる
1.質問する前に仮説を持つ
まずは自分なりに考える
正解でなくても構わない
「自分はこう思う」という仮説を持つことで、質問の質は大きく向上する
2.「なぜ?」を考える癖をつける
物事をそのまま受け入れるのではなく
「なぜそうなるのか?」
「本当の原因は何なのか?」
を考える習慣を持つこと
思考の深さが質問の深さにつながる
3.質問が上手い人を真似る
周囲に質問上手な人がいたら
どんな聞き方をしているのか観察してみよう
優れた質問は最高の教材だ
真似を繰り返すことで、自然と質問力は身につく
まとめ
質問力は単なるコミュニケーションスキルではない
自分で考え、課題を発見し、成長を加速させるための「思考の武器」だ
知識は時代とともに変わる
スキルも環境によって価値が変わる
だが良い質問を生み出す力は、一生使い続けることができる
仕事で成長したいなら知識を増やす前に「質問力」を磨くのだ
きっと学びの質も成長の速度も大きく変わるはず
とのことでした~
まずはわからないことを把握するのだ
そして構造の理解
その上でボトルネック部分への問い
まずはここから始めようか
質問して返事をもらったら
それに対する反応を心がけよう~
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
息子からもらった、はじめてのプレゼント
息子から思いがけないプレゼントをもらった
スターバックスのアイスコーヒーと、小さなメッセージカード
皆さんからしたら決して高価なものではないかもしれない
だが私にとっては何にも代えがたい贈り物だ
親が与えるものだと思い込んでいた
服を買い
おもちゃを買い
食事を用意し
必要なものを揃える
それが当たり前の日常
ところが、いつの間にか息子は成長
自分のお金や時間を使い
誰かを喜ばせようと考えるようになっていた
その事実に、少し驚き、めちゃくちゃ胸が熱い
添えられていたメッセージには、素直な言葉が並んでいた
大人になると、感謝や気持ちを言葉にするのは意外と難しい
だからこそ、この一言一言が心に響く
プレゼントの価値は値段ではなく「相手を想う時間」
改めてそう感じた
お店で何を選ぼうか考えた時間
どんな顔をするだろうと想像した時間
そのすべてが、このプレゼントの中に詰まっている
アイスコーヒーを飲みながら
息子の成長に感謝
親は子どもを育てているつもりだが
子どもから多くのことを学んでいる
このプレゼントは飲めばなくなる
紙袋もいつか処分する
だがこの日の嬉しさはきっとずっと残り続けるだろう
ありがとう

※写真はイメージです。
実際の内容は「おめでとう」が「おめれと」になっていた
ありがと
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
よし人間力を高めよう!
ということで以下に続く
『人間力』
高い人と低い人
違い⑩選
①
高『他人を否定しない』
低『すぐに否定から入る』
⇒違いを受け入れられる余裕があるかどうか
②
高『感謝を言葉にする』
低『感謝を忘れる』
⇒「ありがとう」を伝える力は人間関係を深める
③
高『話を聴く』
低『話を奪う』
⇒相手の話に興味を持ち遮らず最後まで聴けるか
④
高『素直に謝れる』
低『言い訳を先にする』
⇒自分の非を認められる強さがあるか
⑤
高『人の成功を喜べる』
低『嫉妬して批判する』
⇒自分に自信があるからこそ他人を認められる
⑥
高『言葉が丁寧』
低『言葉が雑で刺さる』
⇒どんな場面でも品と敬意があるかどうか
⑦
高『行動に責任を持つ』
低『ミスを人のせいにする』
⇒自己責任の感覚がある人は信頼される
⑧
高『相手の立場に立てる』
低『自分中心でしか考えない』
⇒「想像力=人間力」思いやりは心の知性
⑨
高『短所より長所に目を向ける』
低『常にあら探し』
⇒人のいい面をみようとする習慣があるか
⑩
高『黙って相手に寄り添う』
低『自分語りで場を埋める』
⇒話さなくても「安心できる人」には品格がある
人間力とは『目に見えない信頼』を積み重ねる力
学歴でも収入でもなく「この人と一緒にいたい」と思わせる力
小手先じゃない『人としての魅力』を磨くこと
言葉を並べるだけなら簡単なのだが
実践は難しいものだよな~
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
組織づくりの難しさを強く感じている
事業を伸ばすことや仕組みを作ることももちろん大変
だが、それ以上に難しいのは「人と人の関係性」だ
会社を立ち上げた頃は少人数で凡そ同じ方向を向いて進めていた
課題があっても話せば修正できたし、意思決定も早かった
しかし組織が成長するにつれて、状況は少しずつ変わってきた
派閥は作ろうとして作られるものではない
派閥という言葉は少し強いかもしれない
ただ、人は自然と価値観の近い人と集まる
同じ部署の人
同じ時期に入社した人
考え方が似ている人
それ自体は悪いことではない
むしろ自然なことだ
ただ、その小さなコミュニティが増えてくると
組織全体よりも「自分たちのグループ」が優先される瞬間が出てくる
そうなると意思疎通は難しくなり、誤解も増える
正しさよりも感情が動く
経営やマネジメントをしていると
「論理的には正しい」
と思う判断をすることがある
しかし人は論理だけで動かない
評価への不満
疎外感
嫉妬
期待
そうした感情が絡むと、正しい施策でもうまく機能しない
組織づくりは仕組みづくりだと思っていたが
実際は感情との向き合い方なのかもしれない
それでも組織を作りたい
正直、組織づくりは思っていた以上に難しい
人が増えるほど課題も増える
誰かが不満を持ち
誰かが傷つき
誰かが誤解する
全員を満足させることはできない
それでも組織を作りたい
一人ではできないことを実現できるのが組織だからだ
難しいからこそ、向き合う価値がある
今はまだ理想の組織には遠い
だが、試行錯誤しながら少しずつ前に進んでいきたい
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
福祉は本来、知的労働のはずなのに
最近、自身に違和感を抱く
福祉の仕事は本来、知的労働だ
利用者一人ひとりの状況を理解し
背景を分析しどのような支援が
その人の人生にとって最適なのかを考える
制度を理解し
多職種と連携し
本人や家族との関係性を築き
支援の方向性を組み立てる
これは決して単純作業ではない
むしろ高度な思考力や判断力が求められる専門職だ
しかし現実はどうだろうか
日々の業務に追われ
送迎、見守り、環境整備、記録、緊急対応
気付けば時間が消えていく
もちろんそれらは必要な仕事であり
誰かがやるべき仕事だ
だが一日が終わる頃には
「考える時間」が殆ど残っていない
利用者について深く考えたい
支援計画を練りたい
チームで議論したい
そう思いながらも
目の前の業務を回すことで精一杯になる
福祉の仕事には身体を使う場面も多い
だから肉体労働の要素があること自体を否定したいわけではない
問題は、知的労働としての価値が後回しになっていることだ
現場の経験や利用者との関わりから得られた情報を整理し
仮説を立て、支援の質を高めるために使うべき時間が必要だ
ところが現場では
その思考の時間が真っ先に削られてしまう
忙しい現場ほど
「考えること」が贅沢品になってしまう
だが本当にそうだろうか?
福祉の質を決めるのは
移乗の回数でも、送迎の件数でもない
利用者の人生をどう理解し
どんな未来を共にえがくか
という思考の質ではないだろうか
福祉は人を支える仕事である
そして人を支えるためには、まず考えなければならない
だからこそ、福祉は知的労働だと言い続けたい
目の前の業務に追われる日々の中でも
考える時間を取り戻そうではないか
それは楽をしたいからではない
むしろもっと良い支援をしたいからだ!
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
~管理者あるある~
朝6:14
職員からメッセージ
「おはようございます
週末から体調を崩し
本日お休みさせていただきたいです」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
終わった
まだ朝なのに今日という一日が終わったのだ
頭の中では瞬時に計算が始まる
送迎どうする?
昼休みどうする?
会議どうする?
私はどこに入る?
現場?送迎?会議?
…分身するしかない
すると数分後
スマホが鳴る
「今日、AMなら出勤できますよ!」
神
別の日
「10時から16時でよければ出勤できます!」
神、追加
さらに別の日
「明日、急なお休みなどあれば要請下さい」
神、3人目
脳内で流れる
「どうしよう…」
が
「なんとかなるか!」
に変わる
この時の管理者の感情はすごい
普段は
「残業しないでくださいね」
とか
「無理せずでお願いします」
とか言っているのに
心の中では
『ありがとう!!本当にありがとう!!』
と大号泣
もはや職員ではない
救世主だ
管理者をやっていると
職員のありがたさを痛感する
制度改正よりも
実地指導よりも
加算の計算よりも
何より心に響く言葉
それは
「今日出れますよ」
である
全国の管理者の皆さん
朝の休み連絡で寿命を削られ
職員の一言で寿命を回復しながら
今日も生きていきましょう
生きるをえがく
ながを