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生きるをえがく
長尾です
息子の「サッカーやりたい」は本物なのか検証してみた
最近、息子がやたらと言う
「サッカーやりたい!」
朝も言う
夜も言う
気がつけば言う
そんなに言うなら本気なんだろうと思い
サッカーボールを買いにスポーツ用品店へ向かった
ところが、店に着いた瞬間に事件は起きる
店の横には子ども向けの遊びスペース
息子はそれを見つけるなり
「やっぱりサッカーいいわ」
と言い放ち、一直線に遊具へ向かった
おい
さっきまでの熱量はどこへ行った
あれだけ「サッカーやりたい」
と連呼していた人間が
ものの3秒で心変わり
子どもの興味の移り変わりは、春の天気より早い
とはいえ遊びでも使うだろうと思い
予定どおりサッカーボールは購入した
そして帰宅
すると今度は
サッカーを始めた
いや、始めるんかい
家の中でボールを蹴り始め、リフティングに挑戦
失敗しては拾い、
失敗しては拾い、
失敗しては拾い、
気づけばお風呂の時間までずっとボールと格闘
なるほど
息子は目の前の誘惑には負ける
遊びスペースがあれば遊ぶ
お菓子があれば食べる
面白そうなものがあればそっちへ行く
しかし、それと「サッカーがやりたい」は別の話
誘惑に負けるスピードは速い
でも、やりたい気持ちは消えていない
大人から見ると矛盾しているようで
子どもにとっては全部本気なのだろう
「やりたい」と
「今はこれが楽しそう」が
同時に存在している
そんな息子
人間の本質は意外と大人になっても変わらない
そんなことを思った
私もダイエットしたいと言いながら
目の前のケーキには勝てない
生きるをえがく
ながを
いきるをえがく
長尾です
利用者の動きを追ったブログ
本日はショートステイ明け
午前中は少し眠たそうなご様子
来所後は紫色のマットを広げてゆっくり休む
スケジュールも全て剥がし「帰る」だけにされる
そんな中、T職員が利用者のペースを大切に
再度スケジュールを整え、起床後に活動へつなげる準備を行った
11時15分頃に起床されると
ご自身でスケジュールを「お菓子」「かっぱえびせん」に変更
「かっぱえびせん食べよう」と職員に伝えられた
T職員が「お仕事を頑張ったら食べられますよ」と
声掛けをすると、自ら資材を取り出して作業を開始
なんと作業A~Dを一気に仕上げた!
さらに追加でお渡ししたビーズ通しにも
集中して取り組まれ合計5つの課題を達成
かっぱえびせんを受け取る際には
「ありがとう」と感謝の言葉も聞かれた
また「お茶飲む」と自発的に要求を伝えられる場面もあった
午後はドライブには行かず、しばらく休息
その後はもう一人のT職員の促しで
ウォーキング後にお家に帰る予定を確認
トイレを済ませキャラバンへ乗車
「ウォーキング行こう」とご自身から意欲的な発言が聞かれた
公園ではしっかりとウォーキングを行い
午前中から楽しみにされていたお菓子を召し上がられた
午前中はT職員が「頑張ったら楽しみが待っている」
という見通しを丁寧に伝えながら作業意欲を引き出し
午後はもう一人のT職員が「お家に帰ることができる」
と利用者の気持ちを受け止めて
見通しを持ってもらうことで活動へつなげることができた
職員の関わりを通して利用者から
「ありがとう」
「頑張る」
「ウォーキング行こう」
前向きな言葉がたくさん聞かれた一日となった
それにしてもこの職員の対応に
気概や執念じみたものを感じた
そして適切な方法で関わってくれた
支配者でも
(権威や立場や圧で人を動かす)
支援家でもない
(知識や理論を語るが、実践や覚悟が伴わない)
支援者の姿だ
(想いと知識を統合し、人の可能性を引き出す)
嫌な思いをする必要はないと思うが
なにくそ!
も必要な時があるのかもしれない…?
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
今日は私のだらしないところを紹介
そして成仏していきたいと思います
この写真を見て欲しい

私のデスクだ
…おわかりいただけただろうか?
私は飲料を中途半端に残す
残っているのに次のを購入する
だらしない男だ…
次にこの写真を見て欲しい

私の隣のデスクだ
かつて島田職員が使っていたのだが
コアに移ってからこのありさまだ
片づけるという行為
なかなかむつかしい
メインで使っているデスクは
写真を載せられないくらい汚い
しかしどこに何を置いているか
分かってはいるのだ
かつて私の机の上を片づけてくれた母に対して
”なぜ散らかした、どこに何があるかわからない”
などと理不尽な怒り方をしていたのが懐かしい
どうしようもない男だ…
そしてこれを見て欲しい

研修でいただいた本
いただいた状態のまま段ボール
本棚に直すと読まないから
とか
読むための時間が捻出できない
とか
言い訳して放置
とんでもない男だ…
でもそんな自分と今日でお別れ
成仏…?!
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
先週土曜日、久しぶりに飲食店での
外食レクリエーションを実施した
最近はテイクアウトを利用する機会が多く
利用者の皆さんにとっても職員にとっても
飲食店での外食は久しぶりの取り組みだった
実は前回の外食レクリエーション
注文の場面で一人の利用者が混乱
その様子に影響を受け他利用者も不安定になった
結果として複数名がパニック状態になるという経験があったのだ
その経験を踏まえ、今回は事前準備を徹底
座席の配置を細かく想定し
利用者の特性に合わせ対応しやすい職員を隣に配置
また事前にメニューを確認し
当日の変更が可能かも事前確認するなど
安心して参加できる環境づくりに努めた
準備万端で迎えた当日
利用者の皆さんは落ち着いた様子で食事を楽しみ
無事にレクリエーションを終えることができた
急遽出勤してくれた非常勤職員2名!
大きな力となりました
ドリンクバーの付き添いや注文のサポート
利用者の急な動きにも臨機応変に対応
そのおかげで全体がとてもスムーズに進行
今回の成功は単に「トラブルがなかった」ということではない
私たちの法人理念である
「発見(Detection)」の視点から考えると
一人ひとりが安心できる環境や関わり方を
改めて発見できた機会だった
前回うまくいかなかった経験があったからこそ
「この人は外食が苦手」
「外食は難しい」
という結論に飛びつくのではなく
何が不安につながったのか
どうすれば安心できるのかを考えた
これは理念の一つである
「反証(Disproof)」だ
「以前うまくいかなかったから今回も難しいだろう」
「外食は無理かもしれない」
そんな思い込みを疑い
準備や支援の方法を見直した結果
利用者の皆さんは落ち着いて参加できた
この経験は「発達(Development)」にもつながる
利用者の皆さんにとっては
「また参加したい」という次回への意欲や自信になる
職員にとっても
「こうすればうまくいく」
という成功体験を積み重ねること
これが次回の支援をより具体的にイメージできるようになる
支援はその場だけの成功を目指すものではない
一つひとつの経験を積み重ねながら
その人の可能性を広げ
私たち自身も学び続けることだと改めて感じた
これからも「発見」「発達」「反証」
この理念を大切にしながら
利用者の皆さんが安心して挑戦できる機会をつくろう
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
「きょうだい児」として育った私が、あまり苦労した記憶がない理由
先日、見学に来ていた特別支援学校の生徒の保護者の方と話をする機会があった
話の中で、「きょうだい児として大変だったことはあるか?」
という話題になった
私の妹には障害がある
世間では「きょうだい児は我慢をしている」
「親の愛情を十分に受けられない」
といった話を耳にすることがある
もちろん、そうした経験をされた方もいると思います
ただ、私自身を振り返ると
「苦労した」という感覚はあまりなかったのだ
好きなことをやらせてもらっていた
子どもの頃を思い返しても
「妹がいるから諦めた」という記憶はほとんどない
親は私に対して制限や制約をかけることなく
やりたいことをやらせてくれていたのだろう
当時はそれが当たり前だったが
今になって振り返ると親なりの配慮があったのだ
家族のお出かけには少し特徴があった
一方、障害のある妹がいたことで
家族の行動に特徴はあった
例えば外食先
我が家はいつも決まったお店に行くことが多く
その代表がジョイフルだった
妹は車椅子ユーザーだったため
通路が広く移動しやすかったからだろう
子どもの頃は「なぜいつもジョイフルなんだ」と考えたこともなかったが
今、振り返ると家族は自然と妹が過ごしやすい場所を選んでいたのだろう
旅行や遠出も妹がショートステイを利用しているタイミングで行くことがあった
これも当時は特別なことだとは思ってなかった
むしろ「そういうものなんだ」と自然に受け入れていた気がする
「俺の妹だ。可愛いだろう」
私は小学5年生まで大分県で育ったが
当時の記憶を振り返ると
妹の障害について嫌な思いをした記憶はほとんどない
むしろ私は友達に妹を紹介するとき、
「俺の妹だ。可愛いだろう」
そんな風に言っていたと父親からよく言われる
障害があるとかないとか
そんなことより
ただただ妹なのだ
それだけだ
だから先ほどの「苦労した記憶がない」という話も
私の中では自然なことなのだろう
妹が障害者だったという感覚より
妹が妹だったという感覚の方が圧倒的に強いのだ
妹のための引っ越し
こうして振り返っていると、一つだけ大きな出来事を思い出す
私が小学5年生のとき、大分県から神戸へ引っ越した
理由は妹の病気だ
妹は指定難病を抱えている
当時通っていた大分大学病院では診ることが難しく
神戸大学病院へ転院することになったのだ
家族ごと生活の拠点を移した
もちろん当時の私はそんな事情を十分に理解していない
仲の良かった友達と離れることの方が大問題だった
引っ越しが決まったときは大号泣
「自分だけ大分に残る」
そんな無茶なことまで言った記憶がある
親は困っただろう
それでも妹を恨んだ記憶はない
その引っ越しは間違いなく妹がいたから起きた出来事だ
もし妹に病気がなければ
私は大分でそのまま育っていたかもしれない
だから「妹がいたことで影響を受けたことが一度もない」とは言えない
人生を左右するくらい大きな出来事だ
それでも不思議なことに
「あのせいで」
と思った記憶はない
引っ越しは嫌だった
友達と離れるのも嫌だった
でも、それと妹への気持ちは別
妹は妹なのだ
初めて知った「偏見」
小学5年生のときに神戸へ転校
新しい学校でもこれまで通り話していた
「妹がいる」
「養護学校に通っている」
自分にとっては当たり前の家族の話だ
特別なことを打ち明けている感覚はない
ところが翌日
「あいつの妹はガイジだ」
とか直接言われた
子どもでも差別用語だと分かる
だが当時の私は不思議と落ち込まなかった
腹が立ったわけでもない
傷ついたわけでもない
なぜなら障害があるかないかの前に妹は妹だからだ
私にとって、それ以上でもそれ以下でもない
誰に何を言われても、その事実は変わらないのだ
でも、少しだけ変わったこと
ただ、一つだけ変わったことがある
妹の存在を隠すようになったわけではない
聞かれれば普通に話す
でも、自分から積極的に話すことは減った
以前のように当たり前に話題に出さなくなった
隠しているわけではない
だけど公にはしない
今振り返っても、その感覚をうまく説明するのは難しい
たぶんその時初めて
「障害」に対して偏見を持つ人がいることを知ったのだと思う
妹への気持ちは何も変わらない
だけど、そのことを話したときの周囲の反応を意識するようになった
そんな微妙な変化があった…ように思う
今思うこと
今回、保護者の方と話をしていて改めて考えた
私は確かに「きょうだい児」だが
そのことを重荷に感じて育った記憶がない
もちろん、これは家庭によって違うと思う
ただ「きょうだい児だから必ず苦労する」
というわけではないことも一つの事実なのではないだろうか
そして今振り返ると
私にとって本当に大きかったのは
妹に障害があったことではなかった気がする
むしろ
妹に障害があることよりも
「障害がある人を特別な存在として見る人がいる」
ということの方が私にとっては大きな発見だった
私の中では何も特別ではなかったものが
世の中では特別なこととして扱われる
そのことを初めて知ったのが
あの転校だったのかもしれない
妹は今でも妹だ
当たり前の話だが…
障害があるからではなく
家族だから大切なのだ
そしてそれは
子どもの頃から変わってない
最後に…
正直なところ
子どもの頃のことなので記憶は曖昧だ
親がなにを考えていたのか
本当はどれだけ苦労していたのか
わしゃあしらん
今さら確認しようとも思わない
もしかすると私が気づいていなかっただけで
親はたくさんの我慢があったのかもしれない
それでも私の記憶の中では
好きなことをやらせてもらっていた
妹のことで我慢ばかりしていた覚えもない
親は妹を大切にしながら
私のことも大切に育てたのだろう
私はそう記憶している
だからこの記憶を
わざわざ掘り返し
確認しようとは思わない
このまま保管して死のうではないか
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
久しぶりのSNSモニタリング
フォロワー数
TikTok:2,864人
Instagram:3,981人
YouTube:89人
X:14人
総フォロワー数:6,948人
月の視聴数
TikTok:約150万
Instagram:約163万
YouTube:不明
X:不明
SNSに時間を割けていないのだが
職員が協力してくれて
動画の撮影は私無しでもできている
私は編集と投稿のみ実施…感謝
事業所の方の更新も頻繁
是非HPから飛んでみて下さい
SNSは時間をかけられていないにもかかわらず
なりたい姿だけは次々と出てきて
我ながら欲深き人間だと実感する
後は実践するかどうかだ
SNSは目的ではなく手段だ
はき違えると承認欲求お化けになる
まあそうなっていたとしても
そうっとしておいておくれよ
目的のためなら
ピエロにだってなるさ
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
ないものねだりより あるもの磨き
ボロい日々も 磨けば光り
失ったものより 残った仲間
「ありがとう」って言える今が宝
「なんで俺だけ」って夜
人の成功見て荒れた心
でも帰る場所 待ってる声
当たり前じゃない 月日重ね知った
無くしたもん追えば キリがねぇ人生
今あるもんで 変えられる運命
冷めたコンビニ飯 狭いワンルーム
それでも笑えりゃ 俺のブルース
派手な夢より 守る現実
見栄より大事な 誠実
無くなったものより ここにあるもの
この命 この鼓動
足りないもの 探してた昨日
比べるたび濁っていく視界と理想
転んだ数だけ優しくなれた
“持ってるもの” にようやく触れた
何者かになりたくて 自分を嫌った
けど泥だらけの過去も 俺を作った
無いものねだりじゃ 埋まらねぇ心
今ある愛で 今日をいきるこの頃
生きるをえがく
ながを