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日別アーカイブ: 2026年4月10日

くよくよ嘆くより苦労も買ってく【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

利用者

生きるをえがく

 

4つ目は自立支援です

これは選択肢のある人生

つまり生きるをえがくに

直結する話です

 

 

自立支援の視点

熊谷晋一郎氏の体験とお話を紹介

(小児科医/東京大学先端科学技術研究センター・特任講師)

 

一般的に「自立」の反対語は「依存」だと勘違いされていますが、人間は物であったり人であったり、さまざまなものに依存しないと生きていけない。

 

東日本大震災のとき、私は職場である5階の研究室から逃げ遅れてしまいました。

なぜかというと簡単で、エレベーターが止まってしまったからです。

そのとき、逃げるということを可能にする“依存先”が、自分には少なかったことを知りました。

エレベーターが止まっても、他の人は階段やはしごで逃げられます。

5階から逃げるという行為に対して三つも依存先があります。

ところが私にはエレベーターしかなかった。

 

これが障害の本質だと思うんです。

つまり、“障害者”というのは、「依存先が限られてしまっている人たち」のこと。

健常者は何にも頼らずに自立していて、障害者はいろいろなものに頼らないと生きていけない人だと勘違いされている。

けれども真実は逆で、健常者はさまざまなものに依存できていて、障害者は限られたものにしか依存できていない。

依存先を増やして、一つひとつへの依存度を浅くすると、何にも依存してないかのように錯覚できます。

 

“健常者である”というのはまさにそういうことなのです。

世の中のほとんどのものが健常者向けにデザインされていて、その便利さに依存していることを忘れているわけです。

実は膨大なものに依存しているのに、「私は何にも依存していない」と感じられる状態こそが、“自立”といわれる状態なのだろうと思います。

だから、自立を目指すなら、むしろ依存先を増やさないといけない。

障害者の多くは親か施設しか頼るものがなく、依存先が集中している状態です。

だから、障害者の自立生活運動は「依存先を親や施設以外に広げる運動」だと言い換えることができると思います。

今にして思えば、私の一人暮らし体験は、親からの自立ではなくて、親以外に依存先を開拓するためでしたね。

 

自立に向けて依存先を増やす!

選択肢のある人生!

 

 

利用者

生きるをえがく

 

4つの考え方

・ピープルファースト

・伴走支援

・意思決定支援

・自立支援

大切にしていこう

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを