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息子の人権学習【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

小学校の人権学習資料を手に入れた

そこに書かれていた6年間の目標が興味深かった

 

1年生は

「自分の願いが言える」

 

2年生になると

「自分の願いをみんなに話せ、友達の願いがわかる」

 

3年生では「人の願いがわかり、助け合える」

 

そして4年生からは身の回りにある“不合理”に気づき

 

6年生ではそれを

「自分の問題として積極的に解決しようとする」

ところまで進んでいく

 

「生きるをえがく」とすごく似ている

 

我々の支援もまずはその人の「願い」を知るところから始まる

言葉で伝えられる人だけではない

 

絵カードを使う

PECSを使う

表情を見る

行動を見る

いくつかの選択肢を提示する

 

「何がしたいのか」

「何が嫌なのか」

「どう生きたいのか」

 

本人なりの表現からその人の願いを発見していく

そして願いが見つかれば

それを実現できる方法を一緒に考える

 

これが我々のいう「発見」と「発達」

だがそれだけでは足りない

 

「重度だから難しい」

「強度行動障害だから仕方ない」

「今までできなかったから、これからもできない」

そんな本人の周りにある“当たり前”や“不合理”を疑う

われわれはそれを「反証」と呼んでいる

 

小学校の人権学習では

最後に“不合理を自分の問題として解決する”ことを目指していた

これも福祉に置き換えれば同じなのかもしれない

 

利用者本人の困りごとを

「本人の問題」で終わらせない

 

環境はどうだったか

支援方法はどうだったか

選択肢は十分にあったか

僕たちが勝手に限界を決めていなかったか

自分たちの問題として考える

 

「生きるをえがく」という言葉は

少し抽象的に聞こえるかもしれない

 

だがその根っこにあるものはシンプルだ

自分の願いを伝えられること

誰かがその願いを受け取ること

その願いを実現するために一緒に考えること

その人の人生を狭めている不合理があるなら変えていくこと

 

人権とは

ただ「大切にしましょう」と教えることではなく

 

その人が

自分の人生を自分でえがける状態をつくることなのかもしれない

 

だから我々は

今日も目の前の一人から始める

 

願いを見つけ

可能性を育て

当たり前を疑う

生きるをえがく

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを