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生きるをえがく
長尾です
組織づくりの難しさを強く感じている
事業を伸ばすことや仕組みを作ることももちろん大変
だが、それ以上に難しいのは「人と人の関係性」だ
会社を立ち上げた頃は少人数で凡そ同じ方向を向いて進めていた
課題があっても話せば修正できたし、意思決定も早かった
しかし組織が成長するにつれて、状況は少しずつ変わってきた
派閥は作ろうとして作られるものではない
派閥という言葉は少し強いかもしれない
ただ、人は自然と価値観の近い人と集まる
同じ部署の人
同じ時期に入社した人
考え方が似ている人
それ自体は悪いことではない
むしろ自然なことだ
ただ、その小さなコミュニティが増えてくると
組織全体よりも「自分たちのグループ」が優先される瞬間が出てくる
そうなると意思疎通は難しくなり、誤解も増える
正しさよりも感情が動く
経営やマネジメントをしていると
「論理的には正しい」
と思う判断をすることがある
しかし人は論理だけで動かない
評価への不満
疎外感
嫉妬
期待
そうした感情が絡むと、正しい施策でもうまく機能しない
組織づくりは仕組みづくりだと思っていたが
実際は感情との向き合い方なのかもしれない
それでも組織を作りたい
正直、組織づくりは思っていた以上に難しい
人が増えるほど課題も増える
誰かが不満を持ち
誰かが傷つき
誰かが誤解する
全員を満足させることはできない
それでも組織を作りたい
一人ではできないことを実現できるのが組織だからだ
難しいからこそ、向き合う価値がある
今はまだ理想の組織には遠い
だが、試行錯誤しながら少しずつ前に進んでいきたい
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
福祉は本来、知的労働のはずなのに
最近、自身に違和感を抱く
福祉の仕事は本来、知的労働だ
利用者一人ひとりの状況を理解し
背景を分析しどのような支援が
その人の人生にとって最適なのかを考える
制度を理解し
多職種と連携し
本人や家族との関係性を築き
支援の方向性を組み立てる
これは決して単純作業ではない
むしろ高度な思考力や判断力が求められる専門職だ
しかし現実はどうだろうか
日々の業務に追われ
送迎、見守り、環境整備、記録、緊急対応
気付けば時間が消えていく
もちろんそれらは必要な仕事であり
誰かがやるべき仕事だ
だが一日が終わる頃には
「考える時間」が殆ど残っていない
利用者について深く考えたい
支援計画を練りたい
チームで議論したい
そう思いながらも
目の前の業務を回すことで精一杯になる
福祉の仕事には身体を使う場面も多い
だから肉体労働の要素があること自体を否定したいわけではない
問題は、知的労働としての価値が後回しになっていることだ
現場の経験や利用者との関わりから得られた情報を整理し
仮説を立て、支援の質を高めるために使うべき時間が必要だ
ところが現場では
その思考の時間が真っ先に削られてしまう
忙しい現場ほど
「考えること」が贅沢品になってしまう
だが本当にそうだろうか?
福祉の質を決めるのは
移乗の回数でも、送迎の件数でもない
利用者の人生をどう理解し
どんな未来を共にえがくか
という思考の質ではないだろうか
福祉は人を支える仕事である
そして人を支えるためには、まず考えなければならない
だからこそ、福祉は知的労働だと言い続けたい
目の前の業務に追われる日々の中でも
考える時間を取り戻そうではないか
それは楽をしたいからではない
むしろもっと良い支援をしたいからだ!
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
~管理者あるある~
朝6:14
職員からメッセージ
「おはようございます
週末から体調を崩し
本日お休みさせていただきたいです」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
終わった
まだ朝なのに今日という一日が終わったのだ
頭の中では瞬時に計算が始まる
送迎どうする?
昼休みどうする?
会議どうする?
私はどこに入る?
現場?送迎?会議?
…分身するしかない
すると数分後
スマホが鳴る
「今日、AMなら出勤できますよ!」
神
別の日
「10時から16時でよければ出勤できます!」
神、追加
さらに別の日
「明日、急なお休みなどあれば要請下さい」
神、3人目
脳内で流れる
「どうしよう…」
が
「なんとかなるか!」
に変わる
この時の管理者の感情はすごい
普段は
「残業しないでくださいね」
とか
「無理せずでお願いします」
とか言っているのに
心の中では
『ありがとう!!本当にありがとう!!』
と大号泣
もはや職員ではない
救世主だ
管理者をやっていると
職員のありがたさを痛感する
制度改正よりも
実地指導よりも
加算の計算よりも
何より心に響く言葉
それは
「今日出れますよ」
である
全国の管理者の皆さん
朝の休み連絡で寿命を削られ
職員の一言で寿命を回復しながら
今日も生きていきましょう
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
息子の「サッカーやりたい」は本物なのか検証してみた
最近、息子がやたらと言う
「サッカーやりたい!」
朝も言う
夜も言う
気がつけば言う
そんなに言うなら本気なんだろうと思い
サッカーボールを買いにスポーツ用品店へ向かった
ところが、店に着いた瞬間に事件は起きる
店の横には子ども向けの遊びスペース
息子はそれを見つけるなり
「やっぱりサッカーいいわ」
と言い放ち、一直線に遊具へ向かった
おい
さっきまでの熱量はどこへ行った
あれだけ「サッカーやりたい」
と連呼していた人間が
ものの3秒で心変わり
子どもの興味の移り変わりは、春の天気より早い
とはいえ遊びでも使うだろうと思い
予定どおりサッカーボールは購入した
そして帰宅
すると今度は
サッカーを始めた
いや、始めるんかい
家の中でボールを蹴り始め、リフティングに挑戦
失敗しては拾い、
失敗しては拾い、
失敗しては拾い、
気づけばお風呂の時間までずっとボールと格闘
なるほど
息子は目の前の誘惑には負ける
遊びスペースがあれば遊ぶ
お菓子があれば食べる
面白そうなものがあればそっちへ行く
しかし、それと「サッカーがやりたい」は別の話
誘惑に負けるスピードは速い
でも、やりたい気持ちは消えていない
大人から見ると矛盾しているようで
子どもにとっては全部本気なのだろう
「やりたい」と
「今はこれが楽しそう」が
同時に存在している
そんな息子
人間の本質は意外と大人になっても変わらない
そんなことを思った
私もダイエットしたいと言いながら
目の前のケーキには勝てない
生きるをえがく
ながを
いきるをえがく
長尾です
利用者の動きを追ったブログ
本日はショートステイ明け
午前中は少し眠たそうなご様子
来所後は紫色のマットを広げてゆっくり休む
スケジュールも全て剥がし「帰る」だけにされる
そんな中、T職員が利用者のペースを大切に
再度スケジュールを整え、起床後に活動へつなげる準備を行った
11時15分頃に起床されると
ご自身でスケジュールを「お菓子」「かっぱえびせん」に変更
「かっぱえびせん食べよう」と職員に伝えられた
T職員が「お仕事を頑張ったら食べられますよ」と
声掛けをすると、自ら資材を取り出して作業を開始
なんと作業A~Dを一気に仕上げた!
さらに追加でお渡ししたビーズ通しにも
集中して取り組まれ合計5つの課題を達成
かっぱえびせんを受け取る際には
「ありがとう」と感謝の言葉も聞かれた
また「お茶飲む」と自発的に要求を伝えられる場面もあった
午後はドライブには行かず、しばらく休息
その後はもう一人のT職員の促しで
ウォーキング後にお家に帰る予定を確認
トイレを済ませキャラバンへ乗車
「ウォーキング行こう」とご自身から意欲的な発言が聞かれた
公園ではしっかりとウォーキングを行い
午前中から楽しみにされていたお菓子を召し上がられた
午前中はT職員が「頑張ったら楽しみが待っている」
という見通しを丁寧に伝えながら作業意欲を引き出し
午後はもう一人のT職員が「お家に帰ることができる」
と利用者の気持ちを受け止めて
見通しを持ってもらうことで活動へつなげることができた
職員の関わりを通して利用者から
「ありがとう」
「頑張る」
「ウォーキング行こう」
前向きな言葉がたくさん聞かれた一日となった
それにしてもこの職員の対応に
気概や執念じみたものを感じた
そして適切な方法で関わってくれた
支配者でも
(権威や立場や圧で人を動かす)
支援家でもない
(知識や理論を語るが、実践や覚悟が伴わない)
支援者の姿だ
(想いと知識を統合し、人の可能性を引き出す)
嫌な思いをする必要はないと思うが
なにくそ!
も必要な時があるのかもしれない…?
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
今日は私のだらしないところを紹介
そして成仏していきたいと思います
この写真を見て欲しい

私のデスクだ
…おわかりいただけただろうか?
私は飲料を中途半端に残す
残っているのに次のを購入する
だらしない男だ…
次にこの写真を見て欲しい

私の隣のデスクだ
かつて島田職員が使っていたのだが
コアに移ってからこのありさまだ
片づけるという行為
なかなかむつかしい
メインで使っているデスクは
写真を載せられないくらい汚い
しかしどこに何を置いているか
分かってはいるのだ
かつて私の机の上を片づけてくれた母に対して
”なぜ散らかした、どこに何があるかわからない”
などと理不尽な怒り方をしていたのが懐かしい
どうしようもない男だ…
そしてこれを見て欲しい

研修でいただいた本
いただいた状態のまま段ボール
本棚に直すと読まないから
とか
読むための時間が捻出できない
とか
言い訳して放置
とんでもない男だ…
でもそんな自分と今日でお別れ
成仏…?!
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
先週土曜日、久しぶりに飲食店での
外食レクリエーションを実施した
最近はテイクアウトを利用する機会が多く
利用者の皆さんにとっても職員にとっても
飲食店での外食は久しぶりの取り組みだった
実は前回の外食レクリエーション
注文の場面で一人の利用者が混乱
その様子に影響を受け他利用者も不安定になった
結果として複数名がパニック状態になるという経験があったのだ
その経験を踏まえ、今回は事前準備を徹底
座席の配置を細かく想定し
利用者の特性に合わせ対応しやすい職員を隣に配置
また事前にメニューを確認し
当日の変更が可能かも事前確認するなど
安心して参加できる環境づくりに努めた
準備万端で迎えた当日
利用者の皆さんは落ち着いた様子で食事を楽しみ
無事にレクリエーションを終えることができた
急遽出勤してくれた非常勤職員2名!
大きな力となりました
ドリンクバーの付き添いや注文のサポート
利用者の急な動きにも臨機応変に対応
そのおかげで全体がとてもスムーズに進行
今回の成功は単に「トラブルがなかった」ということではない
私たちの法人理念である
「発見(Detection)」の視点から考えると
一人ひとりが安心できる環境や関わり方を
改めて発見できた機会だった
前回うまくいかなかった経験があったからこそ
「この人は外食が苦手」
「外食は難しい」
という結論に飛びつくのではなく
何が不安につながったのか
どうすれば安心できるのかを考えた
これは理念の一つである
「反証(Disproof)」だ
「以前うまくいかなかったから今回も難しいだろう」
「外食は無理かもしれない」
そんな思い込みを疑い
準備や支援の方法を見直した結果
利用者の皆さんは落ち着いて参加できた
この経験は「発達(Development)」にもつながる
利用者の皆さんにとっては
「また参加したい」という次回への意欲や自信になる
職員にとっても
「こうすればうまくいく」
という成功体験を積み重ねること
これが次回の支援をより具体的にイメージできるようになる
支援はその場だけの成功を目指すものではない
一つひとつの経験を積み重ねながら
その人の可能性を広げ
私たち自身も学び続けることだと改めて感じた
これからも「発見」「発達」「反証」
この理念を大切にしながら
利用者の皆さんが安心して挑戦できる機会をつくろう
生きるをえがく
ながを