-
最近の投稿
カテゴリー
アーカイブ
投稿日カレンダー
生きるをえがく
長尾です
生きるをえがくと言いながら
24時間の内6,7時間を支援している私です
生活介護の場面で身に着けたスキルやツールを活かし
日常生活や余暇時間を豊かにする
そんな姿勢で支援してきました
特に強度行動障害と言われる皆さん
お出かけ先が限られていたり
ご家族との外出が困難なこともあります
で、実情どうだろう?
ヘアーカットに長らく行けていないな…とか
休みの日もホームでずっと過ごしているな…とか
楽しみが月に1回しかないな…とか
お出かけしたもののトラブルがあって早く家に帰ったな…とか
いや、スキル?ツール?活かせないやん
ということで
移動支援とか
行動援護とか
相談支援とか
重度訪問とか
妄想が膨らんできた…
生きるをえがきたいという志ある皆様
私と組んで生きるをえがこう
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
~所属意識の話~
以前からお手紙を出したい利用者Mさん
そのお相手は前所属の職員さん
Mさん
「長尾さん手紙出しといて、出してくれた?」
ながを
「まだなんです、切手貼ってないですがどうしますか?」
Mさん
「どうしようかな」
ながを
「また決まったら教えてくださいね」
ラボに所属して1年経過しますが
まだ前事業所の職員さんを覚えている
素敵な関係性だったのかな?等と想像する
別の日
Mさん
「長尾さん手紙出してくれた?」
ながを
「まだなんです、切手どうしましょう?」
Mさん
「○○さん(ホーム職員)に相談しようかな」
ながを
「わかりました、相談しておいてくださいね」
いったいいつになったら出せるのか?
という雰囲気の為
そろそろ一緒に決めようかなと思います
そんなMさん
封筒の裏面にはこのような記載

ラボ
○○○ ○○
ラボ!
ラボの私!
ラボの○○○!
ラボ!
意表を突かれたこの所属意識
ラボに所属している意味や価値はそれぞれだが
所属していることが誇れるよう看板を磨き続けなければならない
それは利用する皆さんも職員も同様だ
より一層頑張ろうと思えた出来事でした
Mさん
16日からコア所属なんですけどね…
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
昨日は
兵庫県サービス管理責任者等研修
企画構成員会でした
研修の振り返りと
次年度に向けたカリキュラムの修正
運営方法について議論しました
こちらの資料の作り方や伝え方で
受講生がどのように反応するのか
こちらの問いかけ方で
受講生からどのような反応が得られるのか
各ワークの狙いや目標はどこか
結果に注目するのかプロセスに注目するのか
委員の皆さんと
細部まで認識し理解し
作り込んでいく過程に携われ
いつもいい学習の機会となっています
ということで3時間半?に渡る
委員会を経てPCの充電がなくなり
家でブログ更新ができませんでした
皆さまおはようございます
行ってらっしゃい
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
受講研修の要約
自閉症のある方の「余暇」をどう支えるか?
― 楽しむ力を育てる支援の視点 ―
自閉症のある方にとって、「余暇(自由な時間)」は決して簡単なものではありません。
遊び場の周りをぐるぐる歩き続けたり、グループから飛び出してしまったり、
負けると強くかんしゃくを起こしたり、同じ遊びを繰り返したり…。
こうした姿の背景には、
・自分で選ぶことの難しさ
・注意を向け続けることの難しさ
・順番通りに取り組むことの難しさ
・模倣の苦手さ
・感覚の特性
・他者視点の理解の難しさ
といった特性があります。
だからこそ、余暇は「自然にできるもの」ではなく、支援し、育てていくもの
だという発想が大切になります。
余暇は「生活の質(QOL)」を高める大切な要素
余暇は、生活の質(QOL)を構成する重要な要素のひとつです。
単なる“空いた時間”ではなく、人生を豊かにする時間です。
楽しい余暇の時間は、
・他者との関わりの基礎を育てる
・自分で満足感を得る経験になる
・ストレスの軽減につながる
といった大きな意味を持ちます。
そのため、生活全体を見通しながら、余暇の機会を意図的に組み込んでいくことが重要です。
余暇支援のカギは「アセスメント(評価)」
余暇支援で最も大切なのは、個別性です。
そのためには、まず丁寧なアセスメントが欠かせません。
評価の視点
・何ができるか(スキル)
・何に興味があるか(関心)
・発達段階に合っているか
・どのくらい自立してできるか
・将来的に広がる可能性があるか
・保護者の希望や生活とのつながり
すべてが完璧にできる必要はありません。
何よりも大切なのは、
「本人が楽しめるかどうか」 です。
支援付きでもOK。
必要ならルールを変えてもOK。
「みんなと一緒に楽しむ」ことは、場合によってはずっと先の目標かもしれません。
一人ひとり違うことを前提に組み立てていきます。
どう教えるか? ― 環境づくりがポイント
目標を設定したら、次は「どう教えるか」です。
重要なのは、わかりやすい環境づくり。
・どこで・いつやるか(構造化された環境とスケジュール)
・何を・どれだけやるか
・いつ終わるのかをどう伝えるか
・視覚的な手順書やアクティビティシステムの活用
そして忘れてはいけないのが、
「本人は本当に楽しめているか?」という再評価です。
年齢相応と経験の広がり
余暇は「見た目」も大切です。
年齢に合った素材や活動を意識しながら、
生活経験が偏らないように支援することも重要です。
余暇の経験は、やがて社会的な場へとつながり、時間をかけて社会性を育てていきます。
まとめ:余暇は「主体性」を育てる時間
この講座が伝えている中心メッセージは、
・余暇は「教える」「育てる」もの
・楽しめることが最優先
・個別性がキーワード
・評価から始める
・主体的な行動が余暇の確立につながる
ということです。
そして何より――
本人が楽しそうに過ごしている姿を見ること。
そのために必要なのは、
・自閉症への理解
・学習スタイルに配慮した支援
・個別性の尊重
余暇支援とは、「楽しむ力」を育てる支援。
それは人生を豊かにする、大切な取り組みなのです。
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
私が言う
”思考して実践だ!”
これは評論家でなく体現者であれということ
批判して第3者的に物を言うのではなく
主体者として実践を語って欲しいということ
広義で捉えると他責ではなく自責
思考も大事だが
行動、実行もさらに大事
起源となったのは高校の部活動
” 感 即 動 ”
という言葉
確かその意味は
”感じたらすぐ行動する”
だったはず
知識や情報を得たら実行可能か深堀する
イケると踏んだらすぐ始める
始めたらやり込む
ダメなら直ぐやめる
そして次の思考に移る
この繰り返し
感情的な私が
そのまま感情や感覚で動くとみんなが困る
だからルールを決めて基準を定める
ルールや基準を基に意思決定をする
ようやく組織が成立する
これをブームじゃなく文化にする
最近反省したことは
トップの基準が組織の基準になる
ということ
皆がきついかな?とか
難しいかな?とか
そのフェーズじゃないかな?とか
あれこれ考えていたが
基準を引き直すのは私だったようだ
思考後実践に移す
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
この間のサビ管研修
あるファシリテーターの方が言っていました
「毎年1月にその年にやることを100個決める」
めちゃくちゃ素敵なこと!
年齢を重ねると初めての体験が減ったり
初体験から次の体験まで期間が空いたり
日々の当たり前の中で過ごすことが増えてきます
意識的にやることを設定し実行していく
とても素敵で素晴らしい
ということで講師控室で聞いてみた
「昨年の実行率は何%だったんですか?」
「10%くらい!」
10%かい!とか突っ込みそうになりましたが
計画を立てなければ実行率もわからないし
そもそも1つもできていなかったかもしれない
計画を立てて意識することは大切だと思いました
私もやりたいことリスト100
作ろうかしら…
その1
家族との時間を持つ

生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
元内閣総理大臣の言葉を羅列
・「人の悪口」は言うな
言いたければ便所で1人で言え
自分が言われた時は気にするな
悪口は現状分析と行動変化 で言わずに済む
あとは定数と変数の理解が必要だ
・「気の利いたこと」を言っても無駄だ
「嘘」やおべんちゃら、こんなものはすぐバレる
生きざまが言葉を作るのか
言葉が生き様を作るのか
・ものごとは「白」か「黒」かだけで考えるな
真ん中に「グレー」があり、そこが1番広いからだ
グレーは好きな色だが
私は白も黒も認め受け入れる
・迷ったらまず「行動」だ!
ダメだったら引き返せばいい
考えるのはそれからでいい
VUCA時代を生きる我々に必要なことだ
根拠を基に判断したいが推断しなければならない時もある
・「失敗」はイヤというほどした方が良い
すると必ず骨身に染みる
「判断力」がついてくる
年々意思決定にかかる時間が減っているが
これも過去の「失敗」から来るものなのか…?
人に関する意思決定はいつまで経っても難しい
・確かに「ノー」というのは勇気がいる
しかし「ノー」ははっきりいった方が
長い目で見れば信用される
有名な方が言っていましたね
「ノー」が言えないやつの「イエス」に価値がない
…確かに
・人の心を動かすには
嘘偽りない
「自分の言葉」で話すことだ
私の想いを私の言葉で私の表現で伝えようではないか
生きるをえがく
ながを