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生きるをえがく 【西宮市 ラボ コア 生活介護 強度行動障害】

生きるをえがく

長尾です

 

障害福祉の現場にいる以上

避けて通れないものがある

 

専門性だ

 

福祉は「優しさ」でできている

そんな仕事だと思われがちだが

それは半分しか当たっていない

 

優しさだけでは

人の人生には関われない

 

根拠のない関わりは

支援ではなく“ただの関与”だ

 

専門性とは

知識や技術の話だけではない

 

「なぜその支援をしているのか」

を説明できる状態そのものだ

 

その説明ができない時点で

それは専門的な支援とは言えない

 

厄介なのは、多くの場合

それでも現場は回ってしまうということだ

 

支援が上手くいっているように見える

そんな瞬間は、いくらでもある

 

だが、その“うまくいっているように見える状態”

に根拠がなければ、それはただの偶然か

環境に支えられているだけに過ぎない

 

問題は崩れたときに露呈する

 

うまくいかなくなったとき

「なぜこれをやっていたのか」

「何を狙っていたのか」

を言語化できなければ

立て直しはできない

検証もできない

修正もできない

 

ただ感覚で動き

同じ失敗を繰り返すだけだ

 

日頃の支援に理由と根拠があるか

それを自分の言葉で説明できるか

この差は決定的だ

 

根拠がある支援は崩れても立て直せるが

根拠のない支援は崩れた瞬間に何も残らない

 

そしてこれは

利用者側から見ればもっとシンプルだ

 

根拠のない支援に付き合わされる時間は

そのまま機会損失である

 

善意であっても

結果として奪っている可能性がある

 

だからこそ「学ばなければならない」

というのは綺麗事ではない

これは倫理の問題であり責任の問題だ

 

学ばないという選択は

「分からないまま関わり続ける」という選択と同義だ

 

知識や経験は勝手には積み上がらない

意図的に取りに行くしかない

 

その積み重ねによってしか

支援に根拠は生まれない

 

そしてその根拠こそが

専門性であり

他者に提供できる価値になる

 

福祉に携わる以上

学び続けることから逃げる余地はない

 

それでも学ばないのであれば

仕事の意味を一度問い直した方がいい

 

 

生きるをえがく

 

 

ながを