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生きるをえがく
長尾です
岡山での懇親会
とても楽しく有意義なものでした
刺激を受け今日もやる気満々
九州や北陸からの参加者もおり
支援者も保護者もおり
講師の先生も来ておられ
濃い時間を過ごすことができました
兵庫県内からの参加者も多く
集中的支援を行なっている事業所の
管理者の方ともつながれました
良いコミュニティに身を置くことは
自身の成長や成功にとって重要と言います
まさにその通りなのですが
その中で自分がどう振舞えるかも重要です
ラボの職員にも環境を提供したい
良いコミュニティに身を置く職員同士がラボに集まり
ラボ自体が質の高いコミュニティになる
ならなければならない
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
今日はこれから岡山県へ行きます
川崎医療福祉大学の企画する
自閉症特別講座の修了式です
ホテルグランヴィア岡山で開催されます
自閉症特別講座は年間で24回実施され
金曜日の18:30~20:30の2時間
自閉症の特性理解や支援方法
地域や家族との連携など
様々なことが学べました
受講できたのは21回程度でしたが
その度に学びと気付きがありました
ラボの会議などで
研修内容に関連する話をいれ
少しずつ職員に伝達してきました
私は既に次に受講したい研修や
学びたい領域が決まっているのですが
今日は修了したメンバーと
懇親会で盛り上がりたいと思います
とかいいながら人見知り不可避です
帰りの新幹線
乗り過ごさないかだけが心配だ
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
研修シリーズ
強度行動障害支援に必要なのは「チーム」と「予防」の視点
強度行動障害とは、自傷や他害、物を壊す、強いパニックなどの行動が見られる状態を指します。
ただし、これらは「困った行動」ではなく、本人が困っていることを伝えるサインです。
障害特性に合わない環境や不適切な支援が重なることで、行動として表面化すると考えられています。
支援の基本は6つの原則
効果的な支援には、構造化された環境づくりや医療との連携、刺激の調整、一貫したチーム対応が欠かせません。
さらに、本人の自尊心を育て、地域で継続できる体制を整えることが重要です。
「氷山モデル」で行動を理解する
表に見える行動の下には、感覚過敏や見通しの立たなさ、環境の混乱といった見えにくい要因が隠れています。
行動だけを見るのではなく、その背景を理解し、本人の強みを活かした支援計画を立てることが求められます。
予防的支援がカギ
問題行動が起きてから対応するのではなく、穏やかな日常の中で予防的に支援することが基本です。
丁寧なアセスメントを通じて特性を理解し、環境を整えることで行動の改善につながります。
チームアプローチと支援型リーダーシップ
家庭・学校・医療・行政などが連携し、どの場面でも一貫した支援を行うことが混乱を防ぎます。
そのためには、命令や支配ではなく、傾聴と共感を大切にする「支援型リーダーシップ」がチームの土台になります。
パーソン・センタード・ケアと記録の活用
支援の中心にあるのは「その人らしさ」と「尊厳」。
生活歴や性格を踏まえた理解が不可欠です。
また、行動の記録と評価を行い、PDCAを回し続けることで、エビデンスに基づいた支援が可能になります。
まとめ
強度行動障害支援の本質は、行動を抑えることではなく、その人の人生そのものを支えること。
予防と理解、そしてチームの力によって、本人が安心して尊厳ある生活を送れる環境をつくることが大切です。
”「困った行動」ではなく、本人が困っていることを伝えるサイン”
サインを出してくれている利用者に感謝
”支援の中心にあるのは「その人らしさ」と「尊厳」”
これが大切だ
特性の理解はパーソナリティの理解が土台となる
”PDCAを回し続けること”
早ければ早いほどいい
あとはまとめの通り
”行動を抑えることではなく、その人の人生そのものを支える”
皆はもう私が何を言うかがわかってきただろう…
生きいるをえがくのだ!
ながを
生きるをえがく
長尾です
突然ですが2拠点目開設します
その名も 生活介護事業所 コア
よろしくお願いします
コアの由来は後日説明します
おかげさまでラボの利用者数が増加し
伴って利用者さんの過ごす部屋が手狭
また配慮はしつつも同じ建物で相性の問題も…
それら2拠点目の開設で解消できるはず
場所は西宮市津門大箇町4-6 ハイツアサヒ1F
生活介護事業
ラボのメンバーが10名ほど異動します
ラボもコアも新規利用者募集とします
対応する職員についてですが
2月から新たに2名採用
後1,2名採用予定となっており
これまでにない風が吹いております
追い風なら身を任せとことんいくぞ
ということで引継ぎを進めております
これからの課題は
福祉人材の育成と定着
新規利用者の支援構築
既存利用者の生きるをえがく
邁進するしかない
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
皆さんは覚えているだろうか
この記事を
この時の受講生が面接に来た…
曰く”あぁサンドイッチの人!”
”講師のコメントで唯一覚えています”
いいのか?悪いのか?
とにかく認識されているようだ
聞いてみた
「やっぱりあの日
僕が一番滑っていたよね?」
…想像する
「そんなことなかったですよ」
「私は笑いましたよ」
ところが
「はい滑ってました!」
素直で素敵な人材だと思いました!
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
受講研修の共有
A入所施設から考えるASD成人期支援の現在地とこれから
——実践に学ぶ——
ASD(自閉スペクトラム症)成人期支援をテーマに、A入所施設での実践、直面する課題、そして今後の役割についてまとめたものである。
1.Aとはどのような施設か
Aは知的障害を伴う自閉症のある成人を主な対象とした入所施設で、24時間365日のアセスメントを基盤に、生活全体を支える個別支援を行っている。
構造化を重視した環境づくりや、利用者一人ひとりの特性・学習スタイルに応じた支援を通じて、「できること」を増やし、自立性を高めることを大切にしている。
2.A入所施設が抱える主な課題
現在の障害者支援施設が直面する課題として、次の点が挙げられている。
・人材不足と職員定着の難しさ
・地域生活移行の要請と、意思決定支援の困難さ
・利用者の高齢化・重度化に対応した支援の質の確保
・施設の老朽化や環境整備の必要性
特に「地域移行ありき」ではなく、本人にとって意味のある暮らしとは何かを問い直す姿勢が重要であることが繰り返し強調されている。
3.行動障害への支援と「構造化」の力
行動障害のある利用者への支援事例では、問題行動を単に抑えるのではなく、
・丁寧なアセスメント
・物理的・時間的な構造化
・スケジュールやワークシステムの工夫
を重ねることで、行動の頻度が大きく減少していく過程が示されている。
「わかりやすい環境」が安心を生み、結果として行動が落ち着くという、ASD支援の基本を再確認させる内容である。
4.高齢期・医療との連携という新たな課題
高齢化に伴い、医療機関との関わりや終末期支援(エンド・オブ・ライフケア)も避けて通れないテーマとなっている。
資料では、重度知的障害を伴う自閉症のある利用者ががんを患い、ホスピスで最期を迎えた事例が紹介され、施設・医療・家族の連携の難しさと重要性がリアルに語られている。
「意思決定支援」や「本人の思いをどう汲み取るか」という問いは、成人期支援の核心的課題であることが浮き彫りになる。
5.余暇・社会参加を「生きがい」につなげる支援
Aでは働くこと中心だった生活から、楽しむこと・余暇の充実へと支援の軸を広げている。
興味・関心のアセスメントを丁寧に行い、地域資源(例:スターバックスの利用)を活用した社会参加をスモールステップで支援する取り組みは、入所施設における新しい可能性を示している。
6.入所施設のこれからの役割
資料の最後では、Aの支援目標として、
・「人」を最優先に考える
・本人にとって意味のある暮らしを追求する
・チームと地域で支援システムをつくる
といった理念が示されている。
入所施設は「終の住処」でも「地域移行のための通過点」でもなく、
その人の人生に寄り添い続ける生活の拠点として、今後ますます重要な役割を担っていくことが示唆されている。
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
~ハッとした話~
新人の時に先輩に質問
新人の私(世間知らず)
「○○さんの○○という支援は何でやってるんですか?」
先輩
「あぁ昔からやってるわ~」
新人の私(生意気)
「そうなんですね」
(理由を聞いているんだが…)
新人の私(世間知らず)
「この作業どうすれば早くできますか?」
先輩
「100枚やらなあかんから…角を合わせて綺麗に…」
新人の私(生意気)
「そうなんですね」
(いやコツが知りたいねんけど…)
新人の私(世間知らず)
「○○さんはなぜ福祉の仕事を?」
先輩
「生活のため!」
新人の私(生意気)
「そうなんですね」
(それはすべての仕事に言えることだろ)
~時を超えて~
息子(私より生意気)
「それどんな味するの~?」
私(仏)
「ん~おいしいで」
息子(おこ)
「味を聞いてるの!」
fin
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
ここ最近
週報を自分でやったり
参加してなかった会議に参加したり
ブログの内容がきっかけで話したり
引継ぎのことで話したり
人と話す機会が増えた
人と話すこと
単純なようで実はとても難しい
自分が話したいことと、相手が話したいこと
そのバランスを取るのは簡単ではない
一方的に自分の思いを伝えるだけでは
コミュニケーションとは言えない
相手に合わせ続け迎合することが正解でもない
良かれと思って口にした言葉が
思いがけずネガティブに受け取られることもある
そんな経験を重ねるうちに
「正しく話そう」
「うまく伝えよう」
と難しく考えるのは
もうやめようと思った
相手が目を合わせてくれたとき
ふっと微笑んでくれたとき
「ああ、わかるわかる」と頷いてくれたとき
それだけで
「話してよかった」
「ちゃんと届いたかもしれない」
そう思えてもいいのではないだろうか
会話は何かを「説明する」ことではなく
ほんの一瞬
同じ温度を共有することなのかもしれない
生きるをえがく
ながを