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生きるをえがく
長尾です
福祉の原点に、立ち返る
福祉の仕事の価値をもう一度確かめよう
「人の役に立つ仕事」という言葉だけでは
捉えきれないものがある
その意味を考えるため、私たちの仕事につながる
日本の知的障害福祉の歩みをたどってみた
その源流の一つが1891年に石井亮一が設立した「孤女学院」
後の滝乃川学園(社会福祉法人滝乃川学園)
震災で親を失った子どもたちの救済から始まり
その中にいた知的障害のある子どもへの教育へと取り組みを広げていった
1946年には糸賀一雄らが近江学園を創設する
糸賀が唱えたのは、「この子らに世の光を」ではなく
「この子らを世の光に」という思想
重い障害があってもその人の生命の展開を支える
人間の価値そのものを問い直す実践だ(いとがざいだん)
私はこの言葉を何かができるようになったから
その人に価値が生まれるのではない
ということとして受け止めたいと思う
できることを増やす支援は大切だ
だがそれが生きる価値の条件になってはいけないはず
戦後には1947年の児童福祉法
1960年の精神薄弱者福祉法〔現在の知的障害者福祉法〕など
社会として支える制度も整えられていった(内閣府ホームページ)
ただし、福祉は支援者の善意だけでつくられてきたものではない
青い芝の会をはじめ、障害のある本人たちが
自分たちの命や地域で暮らす権利を求めて声を上げてきた
自立を「何でも一人でできること」だけでなく
自分の生活を自分で選び
決めていくこととして捉え直す運動もあった(Dinf)
2014年に日本が批准した障害者権利条約にも
本人の尊厳、自ら選択する自由、社会への参加を尊重する原則が示されている(外務省)
この歩みから考える
私たちの仕事は
単に誰かのお世話をすることではない
意思を伝えられる方法を探す
嫌なことを、嫌だと表せるようにする
やってみたいことに出会える機会をつくる
本人が持っている権利を毎日の暮らしの中で実現していく仕事
だから支援する側が「良いことをした」と思うだけでは足りない
本人の思いや選択を置き去りにしていないか、問い続ける必要がある
糸賀は施設が子どもたちの「終着駅」であってはならず
むしろ「始発駅」であると記している。(滋賀県公式サイト)
障害が重いから
言葉で伝えることが難しいから
その理由で人生の行き先まで決まってしまってよいはずがない
Dareの「生きるをえがく」もこの問いとつながっている
その人の可能性を発見し
本人が望む暮らしの選択肢を共につくる
そして
それを職員の献身だけに頼らず
続けられる組織にする
それが私の責任だ
我々は人に価値を与える仕事をしているのではない
その人の価値が日々の暮らしの中で大切にされるように働いている
この仕事の誇りをそこに置きたい
生きるをえがく
ながを