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生きるをえがく
長尾です
「青春」
サミュエル・ウルマン
その中に
「青春とは、人生のある時期ではなく、心のあり方である」
という言葉がある
歳を重ねれば青春が終わるわけじゃない
何かに心を動かされること
新しいことに挑戦したくなること
まだ知らない世界を見てみたいと思うこと
そういう気持ちを失ったときに
人は初めて老いていくのかもしれない
私は満足していない
まだやりたいことがある
まだ変えたいものがある
まだ見たい景色がある
「この人には難しい」
「もう十分だろう」
「今までこうだったから」
そうやって可能性に蓋をした瞬間
その人の人生から“青春”を奪ってしまう
何歳でも
障害があっても
支援する側であっても
まだ何かを望み
まだ何かを描けるなら
人生はもっと面白くなる
私こそ青春の真っ只中だ
そして
関わる人たちにもずっと
「この先」をえがける人生であってほしい
生きるをえがく
そのためにも
青春を終わらせない組織となる
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
本日はコアでの勤務
普段とは少し違う場所で
利用者さんと一日を過ごす
そこで感じた
利用者さんの前向きな変化
以前より落ち着いて過ごせている
できることが増えている
表情が柔らかくなっている
一つひとつは
小さな変化なのかもしれない
だがその姿を実際に目の前で見ると
「ちゃんと支援は積み重なっているんだな」と安心する
そして素直に感動
日々関わっている職員からすれば
少しずつ起きている変化だからこそ
気づきにくいこともあるのだろう
だが少し離れたところから見ると
その変化はとても大きい
環境を整えること
関わり方を考えること
うまくいかなければまた考えること
その積み重ねが
その人の「できる」や「安心」につながる
支援ってやはりすごい
そして我々が目指している
「生きるをえがく」は
こういう小さな変化の積み重ねの先にあるのだろう
改めて実感できた一日となった…えがく
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
体験利用に来てくれている方がいる
最初の1週間は拘り行動が強く出た
同じ行動を繰り返したり
気になる物事があると落ち着かなくなったり
対応してくれている職員は
「結構大変かもしれない」
という印象もあったはずだ…
しかし2週目
本人を変えようとするのではなく
過ごす場所や物の配置、活動の流れ
職員の関わり方を少しずつ調整した
拘り行動が減ってきた
そして何より
めちゃくちゃいい笑顔が出るようになった
最初の姿だけを見ていたら
「拘りの強い人」で終わっていたかもしれない
だが環境が変われば
その人が見せてくれる姿も変わる
支援とは
本人をこちらに合わせることではなく
その人が安心して
その人らしく過ごせる環境を
一緒につくることなのだとつくづく思う
「この人はこういう人」と決めつけない
まだ知らない表情がある
まだ知らない可能性がある
まだ知らない選択肢がある
その「まだ」を見つけていく
それもまた我々が掲げる
「生きるをえがく」なのだ
――――――――――――――――――――――――――
私のいないところで
いい実践が積まれているのだ
なんか寂しいし
羨ましいし
感動するし
これも私の
生きるをえがくなのかもしれない…
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
ある利用者さんについて
職員から嬉しいメッセージが届いた(勝手に載せてすみません、お許しを)
※個人が特定されないよう、内容の一部を変更しています。
以前よりも作業に向かう意欲が高まり
穏やかに過ごせる時間が増えている
活動する場所や過ごし方を見直し
ご本人にとって分かりやすい環境をつくったことが
一つのきっかけになったのかもしれない
コミュニケーションにも変化が見られている
必要なものをカードで伝える
足りないものがあれば職員を見て指を差す
問いかけに頷き望まないことには拒否を示す
言葉だけではなく
その人なりの方法で
しっかりと意思を伝えてくれている
もちろんすべての課題がなくなったわけではない
思いどおりにいかないときには
こだわりが強くなったり
同じ行動を繰り返したりすることもある
それでも以前と比べると
その行動の強さは確実に和らいでいる
「できるようになったか、なっていないか」
支援の変化はそんなゼロか百だけでは測れない
回数が減った
強さが弱くなった
待てる時間が増えた
伝えられる方法が増えた
安心して過ごせる場面が増えた
その一つひとつが大切な成長である
職員からは
「この一年の変化は本当に素晴らしいと感じています」
という言葉もあった
そしてこのやり取りを隣で聞いていたご本人が
どこか誇らしげな表情をされていたという
自分の頑張りを
自分のこととして感じてくれていたのかもしれない
ご家族からもこんな話を聞いていた
以前はある行事で一番後ろから
遠慮がちに周囲の様子を見ていたご本人が
今年は一番前に座りしっかりと楽しんでいたという
事業所の中で見られた変化が
家庭や地域
さまざまな生活の場面にも広がっていく
それは支援者として
本当に嬉しいことである
もちろん変化をつくったのは
私たち支援者だけではない
何よりご本人が頑張っている
そしてご家族や相談員
関係機関
日々関わる職員
それぞれが同じ人を支え
少しずつ積み重ねてきた結果である
私たちの介在価値とは
利用者さんを支援者の思いどおりに変えることではない
その人が安心して過ごせる時間を増やすこと
自分の気持ちを伝えられる方法を増やすこと
やってみたいと思える活動を増やすこと
そしてその人が自分から
「一番前に行ってみよう」
そう思えるような選択肢を増やすことではないだろうか
そしてこの職員
去年より今年
今年より来年
関わるすべての利用者さんに
そんなポジティブな変化を積み上げていきたい
というメッセージをくれた
あちぃ~!!!
小さな変化を見逃さずその人の可能性を信じ続ける
それが私たちの「生きるをえがく」である
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
久しぶりのSNSモニタリング
フォロワー数 7月9日 ⇒ 9月3日
TikTok:3,016人 ⇒ 3,499人
Instagram:4,313人 ⇒ 4,502人
YouTube:100人 ⇒ 126人
X:26人 ⇒ 231人
総フォロワー数:7,455人 ⇒ 8,358人
約2か月で900人ほど増
約12%の伸び
そうだったのか…
毎日投稿を習慣化し
数字の確認をせず投稿を続け
気付けばフォロワーが増えていた
月の視聴数
TikTok:約74万 ⇒ 約150万
Instagram:約332万 ⇒ 約562万
YouTube:不明 ⇒ 約15万
X:不明 ⇒ 約4,6万
よく観られているな~
みなさまありがとうございます
私たちが日々向き合っている
強度行動障害のある方への支援
そこで働く職員の姿
福祉の仕事の難しさと面白さ
そして利用者一人ひとりの変化や可能性
まだまだ、世の中には知られていないことが多い
「こんな支援があるんだ」
「福祉の仕事って格好いい」
「西宮に、こんな事業所があるんだ」
そんな内容に切り替えなければ…
我々の仕事の魅力が
いきるをえがくが
多くの方に届けられたら…
そんな接点を
これからも増やしていきたい
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
欲深くありたい
最近また新しいことをしたくなっている
一つ形になれば、また次
少し前に進めば、もっと先
我ながら、欲深い
もっといい組織をつくりたい
もっと面白いことをしたい
もっと誰かの役に立ちたい
第一想起
この街で重度障害者支援といえばDare
そう言われるところまで行きたい
これはもう野心だ
昔なら「欲深い」という言葉に
あまりいい印象を持たなかった
だが少し変わった
欲があるから、次を考える
満足しないから、改善する
野望があるから、今までなかったものをつくる
もちろん自分だけを満たす欲なら
どこかで虚しくなる
だが
もっといい支援をしたい
もっと職員が活躍できる場所をつくりたい
もっと利用者の選択肢を増やしたい
そんな欲なら
よくないか?
会社を大きくすること自体が目的ではない
だけど届けられない人がいる
今いる場所で満足することも大切なのかもしれない
が、まだ満足したくない
まだできる
もっとできる
もっと先へ行ける
欲なのか
野望なのか
なんでもいいよ
欲や野望の先に
誰かの選択肢が増えているなら
生きるをえがけているなら
欲深くありたい
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
昨日の続きになるが
関係者から送られてきた分析
「合わない可能性が高い人」
というものがあった
・指示された仕事だけをしたい人
・変化が嫌いな人
・「仕事は仕事」と割り切りたい人
・経営者に答えを出してほしい人
読んでみて頷いた
良い悪いの話ではない
会社にも人にも相性がある
おそらくDareは少し面倒くさい会社だ
言われたことをやるだけではなく
「なぜこれをするのか」
「もっと良い方法はないか」
「本当に本人のためになっているか」
を考えなければならない
そして変化も多い
「去年こうだったから」
「昔からこうだから」
だけでは続けない
より良い方法があるなら変えるし
間違っていたならまた変える
だからこれからも変わり続ける
「仕事は仕事と割り切りたい人とは合わない」
ここは少し補足したい
休みの日まで仕事をしてほしいわけでも
私と同じ熱量を求めているわけでもない
ただ
私たちが向き合っているのは
単なる作業ではなく人の人生だ
だから勤務時間の中では
熱を持って向き合ってほしい
そしてすべての答え
それを社長に求める人ともたぶん合わない
最終的に決めるのは私だ
当然責任も取る
だが
「どうしたらいいですか?」
だけではなく
「私はこう思います」
が欲しい
間違っていてもいい
意見が違っていてもいい
自分の頭で考えて自分の言葉で話してほしい
ここまで書いてみて
Dareは万人に合う会社ではないのだろう
でもそれでいい
働く人にも会社を選ぶ権利がある
今後は
「誰でも来てください」ではなく
我々は
「こういう会社です。それでも一緒にやりたいですか?」
と言える会社になる
そして
「それなら一緒にやりたい」
と思ってくれる人たちと
生きるをえがいていくよ
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
関係者から強みと弱み
その分析が送られてきた…
めちゃくちゃ長いので割愛するが
弱みについて考えてみたので共有する
・熱量が高すぎる
・思いついたら動く分、仕組み化が追いつかない
・理念に共感できない人には厳しい
・経営者との距離が近いぶん、距離感が難しい
なかなか耳が痛い
でも、たぶん全部当たっている
私は仕事が好きだ
休みの日でも仕事のことを考えるし
思いついたことがあれば調べる
やってみたいことがあれば
できない理由より先にどうすればできるかを考える
そして考えているうちに動きたくなる
「こうした方がいい」
と思えば、
「じゃあ、やってみよう」
となる
これは自分の強みだと思っていた
実際それで作ってきたものもたくさんある
ただ
自分ができることと
みんなができることは違う
自分が楽しいことと
みんなが楽しいことも違う
自分にとって当たり前の熱量を
知らないうちに周りにも求めてしまっていたのかもしれない
そしてもう一つ
「なぜ?」を結構大事にする
なぜ、この支援をするのか
なぜ、この仕事をするのか
なぜ、変えないのか
だから
「今までこうだったから」
という言葉があまり好きではない
良くなる可能性があるなら変えればいいし
やってみて違ったなら、また変えればいい
だが私にとっての「変化」は前進でも
誰かにとっては「また変わる」なのかもしれない
ここも最近よく考える
会社が小さいうちは
自分が考えて動けばそれなりに前へ進む
だが人が増えればそうはいかない
私の頭の中にあるものを
みんなが察して動くなんて無理だ
理念も
判断基準も
支援に対する考え方も
「私ならこうする」
ではなく
「Dareならこうする」
に変えていかなければならない
そして距離感もそう
一緒に考えたいし
意見も言ってほしい
だが近いからこそ難しいこともある
私は福祉職員であると同時に
社長でもある
何気なく言った一言が
相手には「社長からの指示」に聞こえることもある
自分では意見を言っただけでも
相手からすれば「従わなければならない」と感じるかもしれない
距離が近いことと
立場が同じことは違う
そこは忘れてはいけない
こうやって並べてみると
私の弱みは
ほとんど強みの裏返しだった
熱量があるから、求めすぎる
行動が早いから、仕組みが追いつかない
理念を大切にするから、違う価値観に厳しくなる
距離が近いから、境界線が曖昧になる
だからといって
これらを全部なくしたいとは思わない
熱量を下げたいわけでもない
動くのを遅くしたいわけでもない
理念を薄めたいわけでもない
職員と距離を取りたいわけでもない
必要なのは
自分を変えて強みをなくすことではなく
強みが弱みとして出ない仕組みをつくること
私の熱量に頼らなくても進む会社
私がいなくても判断できる会社
理念は共有していても
考え方まで同じである必要はない会社
距離は近くても
役割と責任は明確な会社
そんな組織にしていかなければならない
会社が成長するということは
売上や人数が増えることだけではない
「個人技」で進んでいた会社が
組織として進めるようになること
今の私に必要なのは
もっと頑張ることではなく
私が頑張らなくても進む仕組みをつくること
強みと弱みはたぶん同じ場所にある
だから強みを捨てるのではなく扱えるようになる
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
この数ヶ月で職員が減った
一人辞めまた一人辞める
人数だけを見れば
なかなか厳しい時期だ
人が辞めれば当然現場は大変になる
残った職員の負担は増えるし
採用もしなければならない
経営者として
「なぜ辞めたのか」
「何が悪かったのか」
そんなことも嫌というほど考える
組織に問題がなかったとは思わない
自分自身にも
変えなければならないところがたくさんある
だが一方で
人が辞めることを「悪いこと」と捉える
それも少し違うと思うようにした
組織が変われば
合う人も変わる
求める支援の質が変われば
変化を求められる
会社が前に進もうとするとき
ずっと同じメンバーでいられるとは限らない
そして今
職員が増えた
新しい人が入り
少しずつ現場の景色も変わる
面白いもので
「人が減った」という事実と
「人が増えた」という事実は
数字だけを見れば元に戻っただけ
だが私には同じ組織には見えない
減ったからこそ
何を大切にしたい会社なのかを考える
減ったからこそ
誰でもいいから採用するのではなく
誰と一緒に働きたいのかを考える
減ったからこそ
残ってくれた職員の存在の大きさを知る
だから
10人が8人になって
また10人になったとしても
同じ「10人」ではない
組織は
人数でできているわけじゃない
誰がいるか
何を目指しているか
何を大切にしているか
その積み重ねでできている
人が減ることもある
人が増えることもある
出会いもあれば別れもある
大切なのは
増えた減ったに一喜一憂することでなく
その度に
「自分たちはどんな会社でありたいのか」
を問い直すことだと言い聞かせる
職員が減った
そして
職員が増えた
元に戻ったわけではない
前とは違うチームで
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
先日コアのS職員が
「強度行動障害支援者養成研修」に参加した
そこでまさかの出来事
他の受講者の方から
「動画に出ていた方ですよね?」
と声をかけられたらしい
その話を聞いて
あの動画見てくれてる人おるんや
と驚いた
7月18日
「生きるをえがく コアの密着」というブログ
コアで働く職員と利用者との
日常を撮影した動画について書いたものだ
動画を出しても
誰が見ているのかは分からない
再生回数の数字は見えても
その向こうにいる人の顔は見えない
だからまさか
動画に出ていた本人が
強度行動障害について
学びに行った先で声をかけられるとは…
なんとも面白い
おおおもろい
前回のブログの最後にこう書いた
「動画を見終わったあと
あなたは何を感じたのか
教えて欲しい
そして語り合おう」
それが約1か月後
思ってもいなかった形で返ってきた
どこで誰につながるかなんて分からない
再生回数の「1」の向こう側には
ちゃんと一人の人がいる
そして今回
思っていた以上にちゃんと届いていた
一本の動画が
まさか研修会場で返ってくるとは
発信って面白い
また一つ
発信を続ける理由が増えた
S職員に
何を語り合ったのか
それを聞き忘れていた…
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
ながを