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生きるをえがく
長尾です
10月27日、28日の2日間
サービス管理責任者実践研修の講師を務めた
全体進行という大役
2日間で1週間分くらい話した気がする
そして恒例、スベる
何度も
笑いを取ろうとしているのか
受講生の忍耐力を試しているのか
自分でもわからなくなる(?)
それでもありがたい2日間
今回の研修では
講師の方との新たな出会い
受講生の皆さんとの交流や再会など
たくさんのつながりがあった
久しぶりに顔を合わせて近況を話したり
初めて出会った方と意見を交わしたり
そんな時間が心の糧になる
利用者支援において
相手を知ることで
自分の考えが広がったり
新しい視点に気づいたり
また頑張ろうと思えたりする
これは支援者同士の関係でも同じなのだと感じている
そしてこうしたつながりもソーシャルワークの大切な一部
人と人がつながる
知識や経験がつながる
それぞれの現場で抱える課題が共有される
そのつながりがいつか誰かの支援につながり
利用者さんの人生の選択肢を増やすことにつながるかもしれない
そう考えると
研修で得られるものは知識だけではないのだろう
出会いも、再会も、何気ない会話も
すべてが自分の財産になる
2日間たくさん話して
たくさんの方とつながって
たくさん心の糧をいただいた
あとは笑いが取れれば完璧だった
まだまだ発達の余地がありそうだ
生きるをえがく
ながを
生きるをえがく
長尾です
引き続き著書から
今回考えたいのは
「技術は促進剤である」
本書では
偉大な企業は
新しい技術を導入したから
飛躍したわけではない
と説明されている
自分たちが何を目指し
何に集中すべきかを理解したうえで
その実現を加速させるために
技術を活用している
つまり
技術は成長の原因ではなく、成長を加速させるもの
という考え方
AIがわかりやすい例なのか?
私自身もAIの可能性には大きな期待を持っている
記録の整理
情報の共有
業務の効率化
支援データの分析
活用できる場面は山ほどある
しかし
AIを導入しただけで
支援の質が高まるわけではない
利用者さんの行動記録を
AIが整理してくれたとしても
その行動の背景をどう捉えるのか
どのような環境調整が必要なのか
本人の意思をどう確認するのか
そこには支援者の専門性が必要だ
そもそも
観察や記録が不十分であれば
どれだけ優れた技術を使っても
適切な判断にはつながらない
技術を使いこなすためには、技術以前に磨くべきものがある
ということなのだろう
組織の方向性が曖昧なまま
新しいシステムを導入しても
根本的な問題は解決しない
むしろ
間違った方向に進んでいれば
その速度を上げてしまう可能性すらある
アクセルを踏む前に
ハンドルをどこに向けるのか
そこが重要なはず
目指すのは
「生きるをえがく」
利用者さんの可能性を発見し
人生の選択肢を広げること
そのために必要な技術であれば
積極的に取り入れたい
例えば
記録業務が効率化され
利用者さんと向き合う時間が増える
情報共有が進み
職員間で支援の質を高められる
そうした活用には大きな価値がある
ただし
便利になることと
良い支援になることは違う
最終的に問われるのは
その技術によって
利用者さんの人生にどのような価値が生まれたか
新しい技術を追いかけるだけではなく
技術を活かせる組織をつくる
それが私の仕事なのだろう
AIに仕事を奪われる心配よりも
AIを使って何を生み出すか
そんなことを考えていたい
生きるをえがく
ながを